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よしみ

2025/05/08

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生ぬるく湿った夏の風が頬を撫でる。あっちぃなぁ、と悪態をつきながら怠慢に制服のポケットに両手を突っ込み、歩きながら白い校舎を見上げた。

午後5時。奉仕活動を終えたヨシミは(数日前に金髪に染めて登校したら、学年指導を喰らい校内清掃をさせられていた)校舎に入り廊下を進み、左端にある自分のクラスのドアを開けた。

他の生徒たちは皆下校していた。教室には生徒たちが使用したであろうシーブリーズの爽やかな香りと夏の空気の香りがほんのりと漂っていた。

その教室の窓際の席にぽつんと、窓から夏の空を見ながら彼女は座っていた。

ドアの開いた音に気づいた彼女はすぐに振り向き、
「おかえり。」と少し頬を膨らませて拗ねた表情をした。

ヨシミは、彼女の前の席テーブルに胡座を描いて座った。

「遅いよ、ずっと待ってたんだから。」
「ごめん、ちょっと長引いた。」

ふと、彼女の手元を見ると、青と緑、それからピンクのような紫のような、、とても綺麗なグラデーションの水彩画をモチーフにされたカバーの小説を持っていた。

「それ、読んでたの？」
「そうよ、あんまりにも暇だったんだから。静かに読んでたの。」

あっ、ちょっと待って、と彼女は透かさずに続けた。

「今、とてもいいところなの。今度はあなたが待つ番よ。キリがいいところ読み終わるまで、待っててもらえるかしら。」

「うん、どうぞ。」

ふふっ、と、彼女は柔らかい笑みを浮かべて小説を開き、黙読ではなく、音読をし始めた。

夏の風が教室のカーテンを揺らす。その風に乗って、彼女の囁くような柔らかく透き通った声が、教室内に静かに響く。あまりにも心地よく、穏やかで素敵な放課後と彼女に、ヨシミは愛おしさに胸を締め付けられた。

ーーなぁ、寛太。そう思わないか。
苦しいからこそ、愛なんだ。その苦しみも、また愛なんだよ。
僕たちの永遠は儚く、まるで泡のように弾けてしまったけど、それでも彼女は懸命に力強く生きていた。
その愛おしさに、その手に届かないものを想って苦しむのは、きっと幸せなことなんだよ。それでいいんじゃないのかな。ーー

ふいに、彼女の音読が止まった。
彼女に目をやると、彼女は目に涙を浮かべていた。

あまり見ちゃいけないんだろうな、と、ヨシミは先程まで彼女が見上げていた夏の空を見上げた。

夏は始まったばかりだ。だけど、本当にみたいのはその夏の先。
飛行機雲が、空高くどこまでも伸び続けていた。
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※イラストはイメージです。