それでも三浦さんが出世して伊丹が拗ねるくだりと芹沢が触らぬ神に祟りなしのくせにまた”いつもどおり”間を取り持とうとする姿がとてつもなくトリオ・ザ・捜一の極みすぎてあの解釈を超える解釈はないと思ってる(そりゃそう