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サンフラワー
「あとでこうするべきだったっていうことは簡単だ。でも、結果なんて誰にも分からないよ。分からなくても選択の時は必ず来るし、しなきゃいけない。
何かを変えることのできる人間がいるとすればその人はきっと『大事なもの』を捨てることができる人だ。なにも捨てることができない人に何も変えることはできないだろう」
諫山先生は、何を捨て何を得たのだろう。
共感できる言葉多い。
ただ、それでも手に入れたい。何かしら糸口があると信じてしまう。あまりにも傲慢で哀れで綺麗事だらけで。だから、幼なくて未熟なのかもしれない。
でも、自分を信じることができるのは、他の誰でもない自分だけだと、そんな感情がずっと心の奥底に眠っている。
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#BLUESEED
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