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エドワード
I氏が前言を急遽撤回して早期解散に踏み切ったのはA氏からの圧力。
これを飲む事でA氏の力により浮動票がI氏に流れI氏は遂に念願の総裁へ。
しかし、この早期解散は大敗が目に見えていたのでここからがA氏の筋書きである。
まずI氏には党内より大敗責任による辞職の声が上がり、その裏ではA氏がその声を煽る。
そう易々とは辞職しないだろうが、そこがこの筋書きの大切なところである。
党内の不満がピークに達したところでA氏はI下ろしを主導する。
これこそが15年前のA下ろしに対する積年の怨みをはらすラストチャンスであったわけである。
T氏に対し「次を準備しておけ」と言ったとか言わないとか。
T氏の初女性首相誕生となる土台の為に障壁となるI氏はここで失脚させ、K氏は選挙対策の不足により党内の不満を集めておけば盤石である。
T氏の初女性首相誕生を導けば、真のキングメイカーはA氏という事になり、表に見えない実権を握るのはA氏なのである。
同時に今回のI内閣はある種の踏み絵であり、その動きをA氏、T氏は見ていたのである。
つまりはI氏の就任挨拶で顰めっ面していたのも、実は顰めっ面していないと笑いが止まらなかったからなのだ。
というストーリーがノンフィクションであったなら、この世の中は実に面白い。
#恨み節が顔に出てる

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プレッピファッションの歴史は?
プレッピファッションの歴史は、アメリカの大学生活や上流階級のスタイルに深く根ざしています。以下にその特徴と歴史的背景をまとめます。
起源
1950年代: プレッピスタイルは、アメリカのアイビーリーグ大学の学生たちによって広まりました。彼らは、カジュアルでありながら洗練された服装を好み、主にポロシャツ、チノパン、ブレザーなどを着用していました。
文化的影響
1960年代: プレッピファッションは、映画や音楽の影響を受けてさらに人気を博しました。特に、映画『グレート・ギャッツビー』や『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』などがこのスタイルを象徴する存在となりました。
商業化
1980年代: プレッピスタイルは、ラルフ・ローレンやトミー・ヒルフィガーなどのブランドによって商業化され、広く一般に浸透しました。この時期、プレッピファッションは「上品さ」と「カジュアルさ」を兼ね備えたスタイルとして認識されました。
現代のプレッピ
2000年代以降: プレッピスタイルは、ストリートファッションや他のスタイルと融合し、より多様化しています。今では、カジュアルなアイテムと組み合わせることで、個々のスタイルを表現する手段としても利用されています。
プレッピファッションは、時代とともに進化しながらも、その基本的なエレガンスとカジュアルさを保ち続けています。

つき@10
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酔いどれ詩人
いい大人がそれも御立派な方が責任の押しつけ合い。そりゃ下々の人々も 真似する人でますよね。 そういう人間にならぬ様に 自分自身を見つめたいものですね。
みどり🟢🌑
( ̄ー ̄)ニヤリ
いんとぅぷ
政治はAIに任せるのが一番良さそう。🤔