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まにまに
カレピッピの会話で「平等とは」なる話がちょこっと出てきました。そこで認識の違いを認めましたので1人帰路にて思考整理に考えてみたところになります。
平等とは?
平等とは、すべての人々に対して等しくあること、というのが一般的な定義だと思います。富めるひと、貧しい人、ともに同じ生活をできるために水準を合わせるのは一つの手段だと思うのです。だからこそ生活保護や累進課税制度が日本には準備されているのであって、平等を保障しようと“努力”していると思うのです。
ただ、平等とは、「ある一定程度の水準を満たすべきもの」であって、“ユビキタス”なものを指すのではないと思うのです。それがある意味で公平であること、と言い換えるのがいいのかもしれないと思うのです。全ての人に同じ下駄を履かせるのが公平であるとすると、足りないところに足りないだけを保証するのが平等なのだろうと思うのです。
だから、ユビキタスなものと違ってどこか足りないことは当たり前で、だからこそ実地的な要素が含まれるし人間の入る余地もあると思うのです。
公平との違いと現実
平等と、公平と。また平等の水準について、理想を追い求めるのか、実地でよしとするのが良いのか。そこでお互いの価値観が違うのかなあと思ったところでした。ここは価値観で分かれることがあってもいいと思うのでわたしはどっちでもいいのだけれど。
いずれにせよ、わたしは日本独特の微妙なバランス感をもった“平等”が心地いいので、外国に移住なんかせずしっかり税金払いますね💴
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カレカノ間でも知的な話題が繰り広げられているのですね[目が開いている] 税制や福祉国家的な所得の再分配にかんする諸制度は、細かい部分は時代の政治情勢に左右される部分こそあれ、根本は当該国の宗教思想や古典文学を含む固有の文化的背景が色濃く反映されている興味深いものですよね。 累進課税制度はどちらかというと公平にかんすることであるようにおもいます。機会保障にかんする公平もあれば、負担に関する公平もあるかと。
あなたの喉に龍角さん
最低保障の政治哲学は、ロールズ正義論の格差原理(最も困っている者を助けるような社会制度を全員が選択するだろう)や無知のヴェール(この社会制度にたいして全員が各人の人生の所与の環境について生まれる前は何も知らないで選択するという前提)などが有名な理論上の概念的道具ですが、そのような思考実験は、リアルな歴史上の権原(所有権等の根拠)を重視するリバタリアンからすると妄想に過ぎない。「困っている人であったかもしれない自分」などすでに必ず或る環境のなかに置かれている社会の構成員それぞれにとっては現実に無い設定である、と。 平等と公平にかんする理想主義とリアリズムの相容れなさは、根本はここに収束するかと。