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りとりと
他者は自らを写す鏡である。
元ネタを調べてみたら
「全ての人は他人の中に自らを写す鏡を持っている」こんな感じの言葉でした。
自分→A、他人→B、で考えてみる。
A「Bについて考える」→Aはここに存在している。(我思う故に我ありの部分)
同時にBの中にある鏡に映ったAも同じように考える。ただ、それはB視点でのAについての事だと思う。(客観的な自己評価?とでも言うのでしょうか?)
しかし、考えているのはBではなくBの中にある鏡に写ったAである。
つまり、AはBの中にも存在していてBは他者であると同時にAとしても見ることができるのではなかろうか?
そしてそれは我思う~の「我」=「他者」と考えることができるのでは?
つまり
「我思う故に我あり」=「他者は自らを写す鏡である」
になるのでは?と思った[ほっとする]
けど、これだと他人目線で自分を見たり自分のことを考えたりした瞬間に自分は自分ではなくなり他者として認識されるのでは?
とも思う。
んー訳がわからなくなってきた[ほっとする]
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