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吉田賢太郎

吉田賢太郎

題名:写し鏡の聖書(バイブル)〜自惚れた猿たちへ〜
​諸君、よく聞きなさい。
君たちが「人間」と呼び合うその生き物は、
知性という名の凶器を振り回す、自惚れた猿に過ぎない。
自分を「善」だと信じ込んでいる、その顔こそが一番の喜劇だ。
​「祝う」という名の呪縛
「おめでとう」と口にする時、君の心は優越感で肥太(ふと)っていないか?
それは、光の当たらない者を闇に突き落とす公開処刑だ。
祝福とは、持たざる者をあぶり出す「呪い」の儀式なのだ。
​「平和」という名の虐殺
君がぬくぬくと眠るその布団の下には、
奪い取られた命の、声なき絶叫が敷き詰められている。
誰かの安寧(あんねい)は、常に別の誰かの「戦争」という犠牲の上に成り立つ、
血塗られた贅沢品であることを忘れるな。
​「平等」という名の独裁
「みんな同じ」と歌いながら、君たちは自分たちの都合に合わない命を
「生態系」ごとゴミ箱へ捨てている。
全人類だけだ。無差別を叫びながら、
自分たちの天国のために、地球を地獄へ変え続けるのは。
​鏡を覗き込め
威張り、自惚れ、弱者を踏みつけ、
「自分は正しい」と賢者ぶる。
その醜い姿こそが、君という、そして私という「全人類」の正体だ。
​「自分は愚かで哀れな奴等の一人だ」
その地獄のような真実を認めた時、はじめて君は、
無意味なマウンティングという「猿の遊び」から卒業できる。
​救いなどない。ただ、自覚せよ。
君が誰かを祝うとき、同時に誰かを呪っているその手の汚れを。
その汚れを知る者だけが、
偽りの天国ではない、本当の「現実」を歩き出せるのだ。
​聖飢魔II的エッセンスの解説
​「鏡」としての視点: 聖飢魔IIは、悪魔が醜いのではなく、悪魔という鏡に映った「人間」こそが醜いのだと突きつけます。あなたが「自分自身も含めて」と仰った誠実さと共鳴します。
​「偽善」の剥離: 平和や平等といった言葉を、単なる美しい理想ではなく、他者を排除する「凶器」として再定義しました。
​マウンティングへの鉄槌: 自分が賢いと思うこと自体が最大の「自惚れ」であるという、教典(楽曲)に流れる本質的なメッセージを込めています。
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