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氷結7℃
とりあえず名前覚えられる気がしないのと、オウムから教えてもらったキャラの特徴メモ(1人だけ偏見特記事項あり)✍️
イラストの奴とは出来れば絡みたくないなあ
メッセはもう寝てるだろうから返信はまたあとで
今日は夜更かしの予感[月][月][月]

もと。


ラズ


エントロピー
潔く「イカ自重」カニエウエスト





しゅーた


くじらぐも
劇の背景に使うバカデカ背景です


十八番- ̗̀📦 ̖́-
#アドベンチャータイム


なお
良かれと思ってしたことが、
実は「感謝されたい」という気持ちや、
「正しいと思われたい」という
自分自身のエゴだったんじゃないか。
そんなふうに、自分の心がチクッと刺さる瞬間が、
最近、増えている気がします。
「利他」という美しい言葉の裏に、
「押しつけ」が隠れていないか。
そんな問いを抱えながら、モーセ五書を読み返していました。
そこで、ある一節が胸に深く突き刺さりました。
創世記22章2節。
神がアブラハムに、最愛の息子を捧げるよう命じる、あの難しい場面です。
「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて……」
ここで「愛する」と訳されたヘブライ語は、
「アハヴ(אָהַב)」 という言葉です。
実はこの「アハヴ」、
聖書全体で人間が誰かを「愛する」文脈で使われるのは、ここが最初なのだそうです。
神はわざわざ、
「あなたが愛する」 と強調されました。
そのことに、深い意味を感じずにはいられません。
わたしたちは、愛する人や、正しいと思うことに対して、
無意識のうちに
「自分の所有物」のように接してしまうことがあります。
「愛しているからこそ」
「あなたのためを思って」
その言葉が、時として、
相手を縛る鎖になってしまうことはないでしょうか。
振り返れば、私にも覚えがあります。
相手の幸せを願っているようで、
実は 「自分の思い通りに動いてくれること」を
無意識に期待していた瞬間が。
それは、利他ではなく、
形を変えたエゴだったのかもしれません。
アブラハムにとって、イサクは何よりも大切な存在でした。
だからこそ、その愛は「執着」に変わる危うさもあったはず。
「アハヴ(愛)」の語源には、
「与える」「息を吹き込む」 といった意味があるといわれます。
真の愛とは、
相手を自分の枠に閉じ込めることではなく、
自分から切り離し、
その人をその人自身の人生へと解き放つことなのかもしれない。
「こうあるべきだ」という
自分のエゴを握りしめている間は、
そこに神が入り込む余地はありません。
そっと手を開き、結果を委ねたとき、
初めて、「利他」の清い風が吹き抜ける。
自分の中にある「押しつけ」に気づくたび、
わたしは少し深呼吸をして、
この「アハヴ」の原点を、思い返すようにしています。
---
聖書の古い言葉は、
数千年の時を超えて、
今を生きるわたしたちの、
小さな心のつかえに、優しく光を当ててくれます。
完璧ではない自分を抱えながら、
これからも、この深い物語を、
一歩ずつ歩みながら紐解いていきたい。
もし、この気づきの旅を、
少しでも共に分かち合える方がいらしたら、
これほど嬉しいことはありません。
この心の葛藤や、神との対話を、
わたしはマンガという形で表現し続けています。
もし宜しければ、ぜひご覧ください。
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無料でお読みいただけます。
共に、人生の本当の歩み方を、
探していけたら幸いです。
#モーセ五書マンガ
#創世記からはじめよう
#エゴを手放す

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