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ANNA
頭の中で計画立てた段階でもう達成感に満ち溢れてる笑
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はこにわ

しーちゃん🧃
頭疲れてまうて

みちゃん🪼🌙
びっくりして君誰え!?!?って聞いてしもたやん
たまたま分厚い市の広報てにもっててよかったわくそが
戦争じゃ1匹残らず滅ぼしたるわここはお前らの高級ホテルちゃうぞ家に来たこと後悔させたるわあの世でなァ!!!!!!!

重めのジョナサン
私は最近、ずっとエッセイを書いている。
決意や覚悟があったわけではない。
気がつくと、書いていた。
あるとき、ふと思った。
私はなぜ、こんなにも
言葉を探しているのだろう、と。
私はいま、生きるという行為のただ中にいる。
違和感があり、喜びがあり、
説明しきれない手応えがある。
そして私は知っている。
それらは時間が経てば、やがて私の中に沈んでいくということを。
だから私は、言葉を残しているのだと思う。
それが何だったのか、
あとから確かめられるように。
子どもの頃、
周りの大人たちは確かに生きていた。
それぞれの人生があり、生活が流れていた。
苦労も、戸惑いも、喜びも、傷もあった。
いい顔をしている日もあれば、
世界の終わりみたいな顔をしている日も。
でも、不思議なことに、
それが何だったのかを語る人はいなかった。
どう通過したのか。
そのとき何を受け取り、何を失い、
何が残ったのか。
誰も言葉にしなかった。
ただ、生活だけが流れていた。
私自身の生活も、同じように流れていった。
そのなかで、私はあることに気づいた。
私は、
私として立っている時間と、
そうでない時間を行き来している。
たとえば、SNSを見ているとき。
どこの誰かも知らない人の言葉に、
批評家のような顔をして
「分かったこと」を言いそうになる瞬間。
そのとき私は、
何も引き受けていない。
世界と距離を取り、
自分を安全地帯に置き、
頭で組み立てた理屈を
真理のように語っている。
その瞬間、私は不在になる。
また、
自分で決めた目標を
自分で淡々とやっているだけなのに、
気づけば「上位何%か」
を検索している瞬間がある。
そのとき私は、
現実に意味を付け足している。
だから私は凄い。
だから私は価値がある、と。
このとき現実は、
私の生ではなく、
意味に置き換えられている。
不在と置換。
どちらも、現実を歪める。
不在は、
起きていることへの当事者性を失わせる。
世界はセピア色になり、
私はどこにもいなくなる。
置換は、
世界を概念や役割や物語に押し込める。
生はデフォルメされ、
ラベルだけが残る。
私は、そのどちらにも留まりたくないと
強く思った。
私はいま、
自分として立つということを
通過し始めている。
なぜ、言葉を残したいのか。
それが、少しずつ分かってきた。
私は、自分がどこに立っているのかを
確かめているのだ。
子どもの頃、
誰も語らなかったあのブラックボックス。
生きるとは何か。
人と関わるとはどういうことか。
自分でいるとは、どういう状態か。
それを、私は理解したい。
正解としてではなく、
通過として。
私は知っている。
この手触りは、
いつか必要な時間が過ぎて、
私の中に落ちていくだろう。
でも、その前に、
ちゃんと言葉にしておきたい。
これは主張ではない。
啓示でもない。
誰かを導くためのものでもない。
ただ、
私がここを通ったという痕跡だ。
私の番が来た。
それは何かを成し遂げる番ではない。
何者かになる番でもない。
自分として立ち、
通過し、
その手触りを引き受ける番だ。
私はそれを、
丁寧に、
言葉にしていく。

シュン🚗車×ブログ🎣
残りは返品しようっと、、、
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しおん
最後のペさん良かった。
エリザベートに出ていた人ね。セミファイナルに進めなかったけれど、メモみたら割と好印象な感想書いていた。

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