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あおい

あおい

当直明けのハイなまま吐き捨てる。
すごく長くなってしまった。お目汚し。

私は一人っ子で、両親とも仕事をしていたので
幼少期はよく祖母の家に預けられていた。

祖父は私が物心つく前に既に亡くなっていて、
そこで遊んでくれるのは祖母だけだった。

塗り絵をしたり、大正琴を弾いたり、
自分の家では見ない菓子の類を食べたり、
祖母の家はとても居心地がよかった。

そんな祖母は、今年の1月で90歳を迎える。
私は地元を離れて暮らし中々帰れていないが、
今年のお正月は帰省の予定を立てていた。

数年前に病気はしたが、手術も乗り越えて、
その後もずっと一人で暮らし、
買い物も一人で行くほど元気な祖母だった。

だった、のだ。


昨年末のある夜、
祖母は自宅で転んだらしい。
力が入らず、起き上がることもできなかった。

祖母の家の固定電話には、
押すだけで登録先に入電される
「緊急」という大きなボタンがあったが、
立たねば届かない電話台の上にあって、
それを押すことも叶わなかった。

寝る前だったから、ストーブも消していた。


真冬の夜、祖母はそのまま床で朝を迎えた。


私の父は毎朝祖母に電話をかける。

もちろん繋がらない。
そこでようやく、祖母の家へ人が行く。

搬送された祖母は
低体温と脱水で危険な状態だったが、
なんとか持ち直し
そのまま祖母は病院で年を越した。

年明け、私が帰省したときには
当然まだ入院中で、面会は20分間だけだった。

全く足りないが、ご時世だ。

私と、私の母の二人で入室した。

久々に祖母と直接言葉を交わす。

私を見て笑ってくれたが、
どう見ても弱っていて、
元気だった頃の祖母からのギャップに動揺し
私は何度も言葉に詰まった。
時間が限られていると言うのに。

そんな中、祖母は 私の母を呼び、

「お年玉の袋、あるかい」と言った。

「バカなこと言ってんじゃないよ」

それだけ言うのが精一杯で、
そこからは祖母の手を握り、
足をさすり、ただ泣いて時間を迎えた。


医療人として働いていて、
こんな場面にはいくらでも遭遇する。

コロナ禍以降、面会の制限も
もはや当たり前の感覚だ。

しかしまぁ、
いざ当事者となるとくるものがあった。
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コメント

も  も

も も

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同じく夜勤明け、90歳の祖母のいる私。読んでいて、涙です。コロナ禍で変わってしまった当たり前に、いつまでも心を失くして看護していてはダメだなと思いながらお仕事しています。今日もお疲れ様です。

返信
あおい
あおい
ももさん夜勤お疲れ様でした。祖母の言葉を思い出すだけで、いまでも泣けてきます。ももさんの患者を想う心は絶対に患者、家族に伝わっていると思います[穏やか]
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