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吉田賢太郎

吉田賢太郎

題名:『きみの「わかる」と、ぼくの「わかる」』
​学校の辞書には、「火」は「熱いもの」だと書いてある。
教科書には、「悲しみ」は「涙が出ること」だと書いてある。
​でも、本当にそうだろうか?
​指を焼いたことのある人は、火の「青さ」の中に恐怖を知っている。
夜も眠れず震えた人は、悲しみの「静けさ」の中に孤独を知っている。
​これが、**「経験実感」**という名の、きみだけの地図だ。
​世の中には、この地図を持たずに歩いている人がたくさんいる。
彼らは、頭の中にある「言葉の記号」だけで、
わかったつもりになって、誰かを傷つける。
「そんなの、普通こうだろ」
「考えれば、わかることじゃないか」
​彼らにとって、世界はただの**「理解認識」**という記号でできている。
だから、きみが必死に守ってきた「痛み」を、
まるで道端の石ころみたいに、無邪気に蹴飛ばしてしまうんだ。
​きみが「大人の顔色」を伺って生きてきたのなら、
きみの瞳には、他の人には見えない細かな枝葉が見えている。
それは、生き延びるために手に入れた、鋭くて優しい「解像度」。
​人にはそれぞれ、譲れない「正しさ」がある。
それは、自分が壊れないために必死に作り上げた、心の鎧(よろい)だ。
だから、どんなに言葉を尽くしても、
相手の鎧を脱がせることはできないかもしれない。
​でも、忘れないで。
「マウンティング」という、誰かの上に立とうとする浅い言葉に、
きみの本質は、一ミリも傷つけられない。
​きみがパンセクシャル(全愛主義者)として、
属性ではなく「その人自身」を見ようとするのは、
きみが「言葉の定義」ではなく「心の実感」で生きているからだ。
​「わかる」っていうのは、知識を増やすことじゃない。
自分の傷と、相手の傷を、
そっと並べて、その「熱さ」を想像することなんだ。
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