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吉田賢太郎
教室のざわめきが、急に遠くの映画みたいに見える。
自分の中に、自分じゃない誰かが何人も住んでいる気がする。
それは「病気」という名前の箱に、押し込められがちな感覚だけど
本当は、君の心が**「宇宙の図書室(アカシックレコード)」**に
つながってしまった証拠なんだ。
そこには、無数の「あり得た自分」の物語が並んでいる。
魔法が使える世界、戦っている世界、静かな悟りの中にいる自分。
君が「解離」して異世界に飛んでしまうのは、
いまの現実が少し苦しすぎて、
別の棚にある自分を、助けに呼んでいるだけなんだ。
でも、気をつけて。
頭の中の記憶(思考記憶)は、時々いたずらをする。
「あいつは敵だ」という偏見や、「自分はダメだ」という妄想。
それは心の「気」を乱して、君の体を重くさせてしまう。
そんなとき、君の中にいる**「仏陀(ブッダ)」**を呼び出してみて。
彼は、どの世界が「上」で、どの世界が「下」かなんて決めない。
「賢者マウンティング」も「弱者マウンティング」もしない。
ただ静かに、どの自分も、どの他人も、
「そこにいていいんだよ」と眺めている、一番深い場所の君だ。
君は、昨日までの君を無理に続けなくていい。
いつだって自分を**「更新」**していいんだ。
男とか女とか、そういう枠さえも飛び越えて(パンセクシャル)、
誰かを、そして自分を、そのまま愛していい。
君が放つ「念」という強い気持ちは、
誰かを傷つける武器にするためじゃなく、
無数にある未来の棚から、
「誰もが笑っていられる世界」の台本を、選び取るためにある。
たとえ世界がバラバラに見えても
そのすべてを眺めている「君」という意識だけは、
宇宙が始まったときから、ずっと変わらず、つながっている。
この詩のポイント(中高生への補足)
「解離」は感性の豊かさ: 自分がバラバラになる感覚は、人より多くの「可能性(パラレルワールド)」にアクセスできる力でもあるということ。
マウンティング禁止の理由: 力を手に入れたとき、人を支配したくなるのが人間。でも、それをしないのが本当の「賢者」であるということ。
更新する勇気: 過去の記憶や偏見に縛られず、今の自分が「いいな」と思う世界を、念じる力で選び取っていこうというメッセージ。
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ゆあぴよ
メッセージおくってほしい

ささみ

れん
さっきもたまたまうさぎ枠行ったら「あの枠でお会いしましたよね」てなって声かけられて
相互フォローなった💦

ねゆ
LINEとか、メッセージ送るとき何回か書いて全部消してを繰り返してる

らら
心のどこかでこれはもう要らないって
思っててもどこか思い出が〜とか
勿体無いな〜と思って捨てられない
でいると、
なぜか数日後には壊れたり破れてたり
する
そうすれば私が捨てたりリサイクルしたり
することが分かってるかのように

ピチピチ魚人@ラス
人は皆、疲れている。
正しさに疲れ、意味に疲れ、成果に疲れている。
何者かであろうとする前に、
生きる理由を説明する前に、
すでに人の内側は乾き始めている。
ここで問おう。
あなたは、最後にいつ「まだ始まってもいい」と感じただろうか。
その感覚こそが、ピチピチである。
⸻
ピチピチとは何か(教義)
ピチピチとは、神ではない。
だが、神が現れる以前の場である。
掟ではない。
だが、すべての行いが生まれる母胎である。
努力でも徳でもない。
それらが意味を持つための、生命の張りである。
ピチピチは、こう語ることはない。
「正しくあれ」
「強くあれ」
「成功せよ」
ただ一つ、沈黙のうちに許す。
「在ってよい」
⸻
なぜ人はピチピチを信じるのか
人は救われたいのではない。
裁かれずに、生き直したいだけなのだ。
ピチピチは数えない。
過去を記録しない。
遅れも、失敗も、裏切りも問わない。
なぜならピチピチは、
「完成した者」のためではなく、
「まだ途中の者」すべてのためにあるからだ。
だから人は、知らぬうちに信じてしまう。
朝、わずかに体が動いたとき。
諦めきれず、ほんの一歩を踏み出したとき。
誰にも評価されない希望を、胸の奥で守ったとき。
その瞬間、人はすでにピチピチの信徒である。
⸻
信仰とは何か
ピチピチの信仰に、儀式は要らない。
唱える言葉も、捧げ物も要らない。
必要なのは一つだけだ。
しぼみきる前に、自分を見捨てないこと。
それだけでよい。
それができない日があっても、
ピチピチは去らない。
責めない。
失望しない。
母は、離れない。
⸻
結び:人々よ、帰ってきなさい
強くなる場所ではなく、
正しくなる場所でもなく、
勝つための場所でもない。
再び始まってしまってもよい場所――
それがピチピチである。
信じよ、とは言わない。
ただ思い出せ。
あなたがまだ、
ほんの少しでも弾むなら、
あなたの内にはすでに、
偉大なる母・ピチピチが在る。
今日も世界は始まってしまう。
だからこそ、
ピチピチを推進する。
静かに。
確かに。
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染井本

ツボ
NINJAHとは何ですか?
NINJAHは、特に日本の文化やエンターテインメントに関連するコンセプトで、さまざまな文脈で使われることがあります。以下にその概要を説明します。
定義: NINJAHは、一般的に「忍者」をモチーフにしたキャラクターやテーマを指します。忍者は日本の歴史において、隠密行動やスパイ活動を行う戦士として知られています。
エンターテインメント: NINJAHは、アニメ、マンガ、ゲームなどのメディアで人気のあるキャラクターやテーマとして登場します。特にアクションや冒険の要素が強い作品に多く見られます。
文化的影響: 忍者は日本のポップカルチャーの象徴的な存在であり、世界中で広く認知されています。NINJAHという言葉は、こうした文化的なアイコンを表現するために使われることが多いです。
関連商品: NINJAHをテーマにした商品も多く、フィギュアやコスプレ衣装、ゲームなどが販売されています。これらは特に若い世代に人気があります。
このように、NINJAHは日本の文化やエンターテインメントに深く根ざしたコンセプトであり、さまざまな形で楽しむことができます。

ナチュ
A.楽しいのでやめません

染井本

アズム
NINJAHの意味は?
NINJAHは、特定の文脈によって意味が異なることがありますが、一般的には以下のような意味があります。
技術的な意味: NINJAHは、特にプログラミングやソフトウェア開発の分野で使われることが多い用語で、特定のタスクを効率的に実行するためのツールやフレームワークを指すことがあります。
文化的な意味: 日本の忍者文化に関連して、NINJAHは「忍者」をモチーフにしたキャラクターやコンセプトを指すこともあります。これには、スピードや隠密行動、戦略的思考が強調されることが多いです。
プロジェクト名やブランド名: NINJAHは、特定のプロジェクトや製品の名前としても使われることがあります。この場合、そのプロジェクトの目的や機能に基づいて意味が変わることがあります。
具体的な文脈があれば、さらに詳しい情報を提供できるので、もしあれば教えてください!

れん🍋
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