投稿

Chiiiii
どうするか。
私の実家に預けるのが無難かと思っていたが、今実家とはちょっと微妙な距離感が…。
彼は私の実家とは仲悪のもあって、自分が見ると。
2人目出産時お子は1歳3ヶ月予定。
お風呂はどうするの?
んー?適当に。5日間入らないってことはないでしょ。
ご飯は?
それも、まぁ適当に。
夜仕事入れてるけど、それは??
車で連れてって作業中は車で寝かせとく。
…。あなたの実家にお願いするのは??
夜俺いないのに頼めないでしょ。
え、不安しかないんだけど。。。
どうしよう……
彼に子どもを育てる能力も意思も、責任も感じないんだが😓
義両親にも相談するべきか…。
やっぱり私の実家かなぁ〜💦
うわー、、不安だぁ〜[大泣き][大泣き][大泣き]
#うちの旦那 #夫婦 #出産準備 #愚痴
コメント
関連する投稿をみつける

ササブ

猫橋
お願いだから集中してください

またんぎ
人里離れた場所であったため、保安官が墜落現場に到着するまでに数日を要した。現場に到着すると、保安官は写真を撮り、デティルへと車で戻った。
その後、ニューメキシコ州アルバカーキのサンディア陸軍基地に通知が行われた。サンディア基地からの回収チームが、6体の遺体を含むすべての証拠品を収容した。遺体はサンディア基地に運ばれたが、後にロスアラモスへと移送された。
生存していた生命体は我々との交信を確立し、自身の故郷の惑星の場所を教えた。その生命体は1952年に亡くなるまで生存していた。しかし、彼は死ぬ前に、2機の船内で発見されたアイテムについて詳細な説明を我々に提供した。アイテムの一つは通信機器であった。その生命体は自身の惑星と連絡を取ることを許可された。
どういうわけか、私はこの情報を知ることはなかったが、1964年4月にニューメキシコ州アラモゴード近郊で会合の日時が設定された。エイリアンたちが着陸し、死んだ仲間たちの遺体を回収した。情報の交換が行われた。交信は英語で行われた。エイリアンたちは翻訳機を持っていた。
1965年、我々はエイリアンとの交換プログラムを実施した。我々は12人の軍関係者(男性10名、女性2名)を慎重に選抜した。彼らは訓練を受け、審査され、軍のシステムから注意深く抹消された。その12人は様々な専門分野に長けていた。
ネバダ核実験場の北部付近にエイリアンが着陸し、12人のアメリカ人が旅立った。1人の生命体が地球に残された。当初の計画では、我々の12人は10年間滞在し、その後地球に帰還することになっていた。
しかし、何かがうまくいかなかった。12人は1978年まで留まり、その後ネバダの同じ場所へと帰還した。男性7名と女性1名が帰還した。2名はエイリアンの故郷の惑星で死亡した。帰還者の話によれば、残りの4名は現地に留まる決意をしたという。帰還した8名のうち、全員がすでに亡くなっている。最後の生存者は2002年に死去した。

希死念慮

🐺
よ
どうしたらいいか分からない。
引っ越して仕事辞めないと駄目なんかな。
なんで別れるために、身を隠して
怯えて、家にも帰れなくてってならないと
いけないんやろう。
睡眠不足と仕事への支障があり過ぎて
もう仕事もいきたくない

俺のiPhone
もっとみる 
話題の投稿をみつける

くおり

こな
#櫻坂のさ
石森璃花 井上梨名 遠藤光莉

サロド
それだけに、失点に繋がったパスボールが「どうした…?!」という感じだった

よく喋

千葉
寝るのが怖い

さむら
よろしくお願いします‼️運営さん‼️ #WHATISEXILE

ピコピ

ラセツ
これ敵なのはDeNAじゃなくてもう味方だろ

一号
だいすき

なおぇ
もっとみる 
関連検索ワード


みらくる
私は実家の母にまかせたよ
ゆかな
うちは1歳2ヶ月差で入院中は夫が見てくれましたが、適当で子どもは見れませんよ。風呂はともかくご飯適当は怖すぎますね。実家に預けるのがいいかと…
Aika
身近な人の中で、1番その子の命を守れそうな人に頼みましょう!