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し
風の匂いが変わったのに気づいたのは、夜明け前のことだった。
薄く青い光がカーテンの隙間から差し込み、まだ夢と現の境目にいた私は、なぜだか胸の奥に微かなざわめきを感じていた。
そのざわめきが何を知らせているのか分からないまま、私は靴を履き、外へ出た。
街はまだ眠っていた。アスファルトは夜の冷たさを残し、空気はどこか張り詰めている。
だがその中に、懐かしいような、忘れかけていた香りが漂っていた。
——花の匂いだ。
季節はまだ花が咲くには早い。それでも確かに、甘くて淡い香りが私を誘うように流れてくる。
胸のざわめきは次第に形を持ち始め、私はまるで誰かに呼ばれるように歩き出した。
気づけば、昔よく通っていた小さな公園の前に立っていた。
入口の古いアーチは、いつのまにか蔦に覆われ、月明かりに濡れて青く光って見える。
そして、その奥に——ありえないものがあった。
公園の中心に、大きな門が立っていた。
見覚えのないはずなのに、どこかで何度も見たような気がする。
光を帯びた木製の門で、木目の隙間から虹色の粉がこぼれ落ちていた。
私はなぜか怖くなかった。
むしろ、帰ってきたような安堵さえあった。
門に触れた瞬間、微かな温もりが伝わり、木が呼吸するように震えた。
次の瞬間、視界が花の色で満ちた。
息を呑んだ。
そこは、現実とは思えない美しさだった。
花々がまるで生き物のように揺れ、色と光を溢れさせ、風が通るたびにささやく。
「——歓迎するよ。」
唐突に声がして振り返ると、一人の青年が立っていた。
淡い金色の髪が光を吸い込み、瞳は深い翡翠色をしていた。
この庭にいることが当然であるかのように、自然な姿だった。
「……あなたは?」
青年は微笑んだ。
「花彩命の庭——この庭を守る者だよ。」
その名を聞いた瞬間、胸の奥が大きく跳ねた。
遥か昔、幼いころの夢の中で何度も聞いた名前。
世界のどこにも存在しないはずの、美しい庭の名前。
「ここに来られたということは、あなたの心が君自身を呼び戻したんだ。」
「呼び戻した……?」
「忘れかけていた想いとか、置き去りにした願いとか。
大人になるほど、人は自分を遠くへ置いていってしまうものだろう?」
青年の言葉に、胸が苦しくなった。
確かに私は、会社で結果を出すほど、家族を守ろうとするほど、
“本当の自分”を置き去りにしてきた。
「この庭の花はね、君がどんな想いを抱えているかを映すんだ。」
足元を見ると、小さな花が咲き始めていた。
最初は白かった花弁が、次第に淡い紫に染まり、そして深い青へと変わっていく。
青年が言う。
「迷いと疲れ。
でも、まだ諦めていない強さもある。」
私はその場に立ち尽くした。
心を見透かされたことより、花が自分のために色を変えることが、ただただ不思議で、そして優しかった。
「少し歩こう。」
青年に導かれ、庭の奥へ進む。
花々は通るたびに光をまとい、道は私の足元に合わせて伸びていくようだった。
「君が思っている以上に、人は何度でも始め直せる。
何歳だって関係ない。
心に火さえ残っていればね。」
「……でも、私は……もうそんな火は……」
「あるよ。」
青年は私の胸にそっと手を当てた。
触れていないのに、暖かさが広がった。
「ほら。まだこんなに強く燃えてる。」
胸の奥が熱くなり、涙がこぼれそうになった。
長い年月で押しつぶされ、灰になったと思っていた夢や情熱が、まだ生きていたなんて。
「この庭に来た人は皆、同じことを言うんだ。
“もう遅い”ってね。でもね……」
青年は少し笑って、花びらを一枚摘んだ。
花びらは金色に輝き、ひと息つくように「ぽうっ」と光った。
「火ってね、最後の最後の小さな残り火が一番強いんだ。
風が吹けば吹くほど、燃え上がる。」
私はその言葉を胸に刻んだ。
やがて庭の中心にたどり着いた。
そこには、巨大な一本の樹が立っていた。
枝には無数の花が咲き、そのどれもが淡い光を放っている。
「この樹は、ここに来た者の未来を映すんだ。」
青年が囁くと、花が一斉に揺れた。
光が私の胸に吸い込まれるように降り注ぎ、
目を閉じると、未来の自分がぼんやりと浮かんだ。
疲れきった私でもない。
諦めた私でもない。
何かをまた始めようと、前を向いて歩き出す“私”だった。
目を開けると、樹の花が強く光った。
「……本当に、できるんだろうか。」
「君ならできる。
だってもう、その第一歩を踏み出している。」
「第一歩……?」
青年は微笑んだ。
「ここに来たことが、その始まりなんだよ。」
風が吹き、花彩命の庭が光で満ちた。
その光の中で、私はようやく気づいた。
——私は、もう一度生き直したかったのだ。
——そしてその願いは、まだ死んでいなかったのだと。
門へ戻るとき、青年が言った。
「また迷ったら来ればいい。
庭はいつだって、君の“色”を返してくれる。」
振り返ると、庭が静かに揺れていた。
花々がまるで手を振るように光り、私の背を押すように輝いていた。
私は深く息を吸い込み、門をくぐった。
現実の世界に戻ると、薄明の空が朝日を迎えようとしていた。
だが以前とは違う。
胸の奥には確かに光が宿っていた。
花彩命の庭が灯した、私だけの色だった。
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