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ドーパ民
なんか当初危惧されてたより多数の人が入ったからそれでいいじゃん(収益の観点何でしょうね、たぶん)的な観点が主流になってるけど、本当みんな皆それでいいの?
収益さえ得られたらそれでいいの?
ではあえてこの展示を万博というフォーマットで見せる意味は何ですか?
いや、万博は掛け値無しにおもしろかったです!
でもそれって常設されてるUSJと何が違う?
提示すべき未来はどこ行った?
コメント
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アーリャ
わたし「いや、わたしとは限らなくない?」
祖母「アンタしかおらんwww」
投稿してる写真とか見たら意味が分かるよ

吉田賢太郎
回答数 8>>
人生とは、知るものである。
目の前にあるもの、遠くにある世界、
そして自分の心の中に眠っている「本当の気持ち」。
「なぜ?」と問い、見つめ、気づくこと。
知らない自分に出会うたび、あなたの世界は少しずつ広がっていく。
人生とは、愛すものである。
「こうあるべき」という枠を飛び越えて、
誰かの輝きも、自分自身の不器用さも、
ただ、まるごと抱きしめること。
好きという気持ちに理由はいらない。
心が動くその瞬間を、大切に育てていこう。
人生とは、尊重するものである。
私とあなたは、違う星から来たみたいに違うけれど。
あなたの痛みも、私の自由も、
同じようにかけがえのないものだと認めること。
土足で踏み込まず、突き放しもせず、
「あなたはあなたでいい」と、静かに隣にいること。
知ることで、愛は深まる。
愛することで、もっと知りたくなる。
そして、尊重することで、その愛は自由になる。
この三つの光が混ざり合ったとき、
あなただけの「人生」という色が、鮮やかに輝きだす。
この詩に込めた「本質」のメッセージ
中高生のみなさんに一番伝えたいのは、**「自分と相手を、一つの『個』として完成させるサイクル」**のことです。
「知る」=探究: 勉強や趣味だけでなく、多様な価値観(パンセクシャルなどのアイデンティティも含め)を知ることは、心の壁を取り払います。
「愛す」=情熱: 損得ではなく、心が惹かれるものに素直になるエネルギー。これが生きる原動力になります。
「尊重」=境界線: 「愛」は時に押し付けになってしまうことがありますが、「尊重」というフィルターを通すことで、お互いが苦しくない、本当の意味で対等な関係が築けます。
大将(たいしょう)
ちゃんと見なさいよ。

もなか

シンちゃん
回答数 60>>
まず、マスコミは弾圧するべきです。

ロスク
回答数 45>>
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まゆ

き( ´
そうか・・・通販チェキってことは、あの廃刊したあまりつうしんが復活するかもしれないのか!
もう少し追加注文しておこうかな。

はしび

にゅ🍼

ハヒン
こんなノーコン野郎KOしろ

終わり

しろも

なんて
そうしたらゲームPCをWindows10からLinuxへ乗り換えられるのになー

ウッカ

み🐹
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関連検索ワード

しじま
どういう感性で見たらUSJと同じに見えるんだ
ケイ
まぁイベント事定期よね
ドーパ民 投稿者
まーでも万博なんて形式ばったエンターテイメントに過ぎないわけで、楽しければそれでいいのかもしれませんね 今の時代においても、実際にその場に足を運び体験(というほどでも無い展示も多々ありましたが)できる事を奇貨とすべきなのかも