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きゆなつひ
緑が深くなった。と澄田美伽は、窓の外を眺めていた。緑に映える青空が、まもなく来る夏を予感させる。家から店までの道中、田植えが完了した田園風景、チラホラとまだ水が張ってあるところも見える。美伽の好きな風景だ。星空が田んぼに映り込み、あたりの暗さに、どこにいるのかわからなくなる。何も考えたくない夜。その静寂に埋もれることが、何より好きだった。
「美伽が過ごすにはちょうどいいだろ。お母さん達も近くに住んでいるんだし」
岩手県の南に位置するこの市は、美伽の生まれ故郷だ。日本で五番目に長い川が流れている自然豊かというか、市街地を抜ければ、田んぼと山しかない、いわゆる過疎化の進む地方都市だ。
「ほんとに、こんなところで生活が成り立つくらいの仕事ができる?」
なんて思ってお店を開業したのが4年前。商業施設が周りに軒を連ねる一角で、家具や雑貨のセレクトショップと、手作りケーキを食べられるカフェテリアを営業している。
高校、大学時代の先輩がちょうど場所を探していたので、一階をカフェと展示、二階を展示と商談スペースとして運営することにした。夫婦で運営していくには広すぎる敷地。カフェスペースがあることによって、インテリア関係のお客様だけではなく、地域のコミニュティとしても有効活用できていた。
店もカフェも起動に乗ってきて、これからという時に、一回り上の旦那が、ステージ4の進行ガン。すでに手遅れだと分かったのが2年前。あっけなく、それでも穏やかに、痛みのない最期を迎え、見送ることができた。それが、1年前。
業務の移行も、相続も、引き継ぎも、本当はわかっていたのではないか?と疑いたくなるくらいスムーズに終えた。スムーズすぎて、本当は病気なんて嘘じゃないのか?と思うほどだった。
それからは、先輩と2人、アルバイトの女の子を2人。商談関係は義弟の会社に委託をして、繁忙期にはスタッフを貸してもらったりもした。たまに、私と先輩それぞれの子供たちに助けてもらいながら一年を過ごしてきた。一周忌も終えて、一区切りといったところか。今日は別段アポもなく、緩やかな1日だ。
「美伽はさ、もう恋愛とか考えようかなぁって思ってるの?」
事務所のテレビに、恋愛特集が流れていたのをきっかけに先輩が口を開いた。
「三田先輩みたいな、素敵な独身男性がいたら考えようかなぁ」
わたしゃ、男じゃないよ?それに結婚してるから無理だねー。と言いながら、コーヒーのお代わりをとりに行く。
三田静香。私たち夫婦を支えてくれた、私高校からの先輩であり、ママ友であり、今では経営パートナーといった具合だ。本当に人間力が高くて、仕事もできる。運営の主たるところはカフェだが、元々インテリアに関係する仕事もしていたので、旦那が存命の時からインテリアの販売やデザインも兼任していた。
「っていうか、娘が独り立ちするまでは、、とか、まだ旦那に未練がぁ、、とかじゃないのかよ。まぁ、美伽らしいけど」
奔放だったのは昔のことで、十代二十代の頃のようなザ恋愛!みたいな気力も体力ももうない。とはいえ、二十四の時に産んだ一人娘ももう十四歳で、旦那の闘病中には本当に助けてもらった。歳の割に達観してるのは、無理をさせてしまっているのか、否か。最近は、一年経ったんだし、ママは一人では生きていけないの目に見えてるし、彼氏探さないの?と言われる始末。
お店の一番陽の当たるところで微笑む旦那の顔を見ながら、私はやっぱり頼りないんですねー。と肩をすくめてみた。
「美伽が楽なのが一番」
これは、旦那の口癖。甘やかさないでよー。と答えるまでが、様式美。今思えば、もっと甘えておけばよかったのだ。
「甘えられる相手、、かぁ」
そんな人、澄田さん以外にいたかなぁ、、思い返しても、遠い昔すぎて、苦笑い。
澄田さんと結婚したのは、大学在学中だった。仙台の大学に通っていて、その時バイト先に選んだのが、澄田さんが経営していた雑貨と家具を扱う店。この店の前進。
顔が、良かったのだ。
アパートが近かったこともあるが、その顔見たさに、ほぼ店に入り浸っていた。常連客から、奥様気取りかぁ?とか揶揄われて、どうしましょう?と澄田さんに話を振ったら、じゃぁ結婚するかぁと言われた。
「美伽さんが、それで楽ならね」
その時も、そう言って笑っていた。
そんな理由でいいの?と思いながらも、澄田さんがいいならと、私も答えていた。
少しだけ、恋人めいたことをしてるうちに、卒業してから結婚しても、今結婚しても何も変わらないよね。とトントン拍子に結婚が決まって、二十歳の誕生日に入籍したのだ。白浜美伽は、澄田美伽に名前を変えた。二人の中に、明確な恋愛感情があったかどうかわからない。澄田さんが、どう思っていたのかも、今となっては、わからない。ただ、ずっと側にいて、温かいコーヒーを出してくれ、私の成長と、娘の育児に、静かに柔らかく寄り添ってくれた。
「何を考えとるんだい?」
静香さんが、コーヒーカップを両手に私を見る。なんでもないと答えるが、ふと、一人顔が浮かんできた男がいた。
「なんでもない、優しい男のことかね?」
「三田先輩、知ってますもんね」
「まぁ、澄田さんの前に付き合ってたのが、そいつだもんね」
そうなんだ。そもそも私がインテリアショップで働こうと思ったのも、その元カレがいたからだ。付き合うまでの期間が長くて、付き合う前から、いつか独り立ちすることがあったら、私も彼の会社で働きたいなんて思ったりもしていた。彼の考える設計が本当に好きだったんだ。木の温もりを大事にした、メリハリのある空間。衣食住を豊かに、でも、休む時間も大切にできる空間を作っていきたいと、目を輝かせていた。現場を見せてもらったときに感じたドキドキは、未だに忘れられない。こんな人と仕事ができたら、と密かな憧れだった。紆余曲折あって、付き合えたのに、早々に別れるしかない状態になってしまった。冒頭、ここでやっていけるのかと、不安を覚えた理由の一つも、元恋人、柏木譲の地元が、私の地元でもあったからだ。
「まだ、大工、やってるのかなぁ、アイツ」
「やってるよ。大工じゃないけど、管理営業としてね」
静香さんが、真顔で私の方を見る。ポカンとした顔で、私はそれを見つめ返す。
「澄田さんが、ずっーと美伽にバレないように隠してたけど、実は、ここを開いてから取引のある工務店、5割以上柏木くんの関連会社だよ。柏木くんが設計したお家のほとんどにうちの家具やインテリアが選ばれてる。一棟丸ごと選ばれてるケースもあるよ。でも、それは、柏木くんがお客さんにはもちろんだけど、他の設計士さんや建築士さんたちに、私たちのお店のインテリアやコンセプトの強みをしっかりアシストしてくれてたからよね。下心があったとしても、仕事には誠実だからなんだろうねぇ、って、澄田さんも楽しんでたよ」
「私、知らないですよ?そんな話、帳票だって、柏木の名前なんか」
静香さんは、心底楽しそうに私を見ながら、知られたくなかったんだよ。澄田さん、あなたが柏木くんに未練あるの知ってたし。とづづけた。
「でもね、だからこそ、柏木くんと渡り合ってみたかったんでしょ。美伽が好きになった人だから関わってみたい好奇心の方が勝ったみたいな感覚って言ってたし」
それに、小泉工務店さんの帳票は、全部、この三田静香が処理してましたし?とイタズラっぽくこちらを向いた。そうだ。三田先輩は、会計経理周りの事務の資格を一通り持ってて、趣味で始めたお菓子とコーヒーが成功してるだけだよ。本当は事務方向きなのよ!と前に言っていたんだ。と思い出す。そう。いわゆる仕事ができる人なのだ。そして、策士。ものすごくポーカーフェイスが上手くて、クレーマーの取扱いもとても上手い。
「三田さん、お客様です」
と、アルバイトの女の子が、事務所のドアをノックする。
「あー、噂をすれば、柏木くんでしょ?通していーよ。あと、水出しコーヒー冷蔵庫につくってあるから三人分よろしくね」
はい。と返事をするアルバイトの子に、私も頭を下げて、ふと思い直す。
ウサワヲスレバカシワギクンデショ?
カシワギクンっていった???っていう顔で三田さんをポカンとした顔で見る。
アポイント表を見る。とそこには、朝にはなかった予約、星空設計柏木様が増えている。頭がフル回転して、とりあえず隠れなきゃと思っているのに、全く足が動かなくて、手と頭だけがバタバタと慌てる。
ガチャというドアの開く音と共に、作業着にワイシャツの見慣れていた顔が、いや、少し老けた顔がこちらをのぞいている。気まずさと、わかりやすく嬉しそうな顔をしてる。反して、私の顔は、大いに引き攣っていることだと思う。思わず反対側にある窓に顔を逸らす。
「美伽、ちゃんと挨拶しな?」
と、三田さんの声が飛んでくる。
挨拶って言ったって、、とわかりやすくたじろぐ私に、柏木が声をかけてくる。
「美伽さん、元気そうでよかった。本当は澄田さんのお葬式、顔出したかったんだけど、外せない仕事があって、ここまで挨拶に来れなかった。ごめんね」
懐かしい声がリフレインする。何年か前に展示会であった日から、さらに逞しくなってる。私が、周りに甘えてばかりいる間に、柏木はずっと大人になった。
大丈夫だよ。と返すのが、精一杯で、三田さんが、柏木に席に座るよういうまで、数秒。お互いに固まったままだった。
今回の案件も、そこそこ大きい案件のようで、二世帯住宅のメインリビングに置く家具一式を受注する感じだった。息子夫婦は、和モダン。両親側は北欧風。それぞれの居住空間については、割とスムーズにきまったのだが、メインの来客スペースにもなるメインリビングのインテリアで、お互いテイストを譲り合っており、話が決まらないんだそう。お嫁さんも、姑さんもいい人なので、どうにか、解決したいけど、折衷案では多分コンセプトが崩壊してしまうので、全く違うテイストにすることで話が落ち着いたらしく、当店のインテリアに白羽の矢が立ったらしい。そんな話を楽しげにしている二人は、まるで歴戦の友みたいな、そんな雰囲気すら感じられた。
「まぁ、とりあえず来客スペースにも相応しいゆったりできるデザインでも、格式が大事ってことだよね」
「三田さんのセンス信頼してますし、今までの関連物件での写真も提示して、お客様からのご指名が三田さんだったんで、今回も何卒!」
真剣でありつつ、ユーモラスに話を進めていく二人。ある程度話がまとまり、来週お客様も交えてプランニングしましょうとなった。会ってみる前に、間取りだけで判断してはいけない。納品のギリギリまで時間をもらっての提案が三田さんのこだわりである。カフェの営業もしてもらっているのに、お客様がそのあとカフェの常連さんになるほど、満足度の高い仕事をしてくれてる。
三田さんは、買い出しがあるからと、席を立った。水出しコーヒーのバニラの匂いが空間を埋め尽くしている。
「ねぇ、美伽さん、今夜って暇かな?」
唐突な質問に、うん。暇かな、と答えてしまう。なら、と柏木が、澄田康樹、今は亡き美伽の旦那から預かっていたものがあるからと、食事の提案をされた。娘のご飯は、娘がむしろご飯当番で、勝手に作ってくれる。時間は午後三時。今からならスケジュール変更を伝えても怒られないだろうと、一瞬で計算をして誘いを受けた。

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