戦後｜小藤　志優愛の投稿-GRAVITY(グラビティ) SNS

戦後

「では行って参ります、お嬢さん」
それが、彼が私に対して放った最期の一言だった。
10歳ほど歳の離れた、兄のような貴方。
親同士のお見合いで知り合ったけれど。
貴方は常に私を揶揄うように「お嬢さん」と。
でも、貴方は常に妻である私を考えてくれた。
幸せな新婚生活のさなか。
大国との戦争に徴兵された、年頃の貴方。
軍服に身を包み、手荷物を片手に歩く貴方の後ろ姿。
それが、私が貴方を見た最期だった。
本日で戦争が終わって、数十年の歳月が流れ。
貴方は、指輪一つとなって還ってきた。
結婚前に貴方からのプロポーズで渡された。
安物の、小さな質店で買った、お揃いの指輪。
「私の給料が上がったら今度は良いものを買うので」
「ですから、それまではこれで我慢して頂けますか」
貴方は申し訳なさそうに、私にくれた。
私の家庭はあまり裕福とは言えず。
私が欲しいと言ったモノも両親は私に恵んでくれなかった。
両親もさぞ苦しかったことだと思う。
だから、安物であろうと。
貴方がくれた指輪は、私にとっての大切な宝物。
泣いてしまうほど、嬉しかった。
でも、もう、貴方はどこにもいない。
指輪にいくら想い出が込められていようとも。
貴方はもう、この世には居ないのだから。
「……」
海の見える、丘の教会。
初めて、私の人生の伴侶に、と。
一世一代の告白を受けた、大切な場所。
骨のない貴方が眠る、十字架を模った墓に。
私は貴方の指輪をチェーンで通して、そこに引っ掛けた。
ずっとこの指輪をどうしようかと迷ってたけど。
漸く、決心がつきました。
本当にこれで、さよなら──
「──やぁ、お嬢さん」
彼の墓で立ち尽くしていたところ。
少し、嗄れた声の老紳士に話しかけられた。
その話し方はまるで。
私を常に揶揄うような素振りで。
「初めてお会いしたというのに、懐かしさがありますな」
白々しく、語ってきた。
皺が刻まれた、目の前の男の人は。
どれだけ時を経ても、あの時の彼のままだった。
出征前の、歳若き貴方の姿。
「やはり、ここにいらしたのですね。随分探しました。何年もかけてやっと、お嬢さんを見つけた」
ニコッと、笑顔を私に浮かべた。
私は思わず彼の胸元へと飛び込んだ。
彼は優しく私を抱き止めた。
彼は優しく私の背中をポンポンと叩きながら。
彼は優しく私を宥めるように言う。
「お嬢さん。もう、我々の戦いは終わったのです」
ですからもう、泣かなくて良いのですよ、と。
彼は、私が泣き止むまで、ずっと、ずっと。
優しく、私を包んでいてくれた。
彼の生還を祝うように、突如として頭の上で。
大きく、大きく、教会の鐘の音が辺りに響いた。
彼の生還、私達が再び邂逅を果たしたこと。
そして、私達の戦いが漸く終わったことを労うように。
「もう、戦わなくていいんです、お嬢さん」
「……はい」
辺りが昏くなるまで、私達は立ち尽くした。
そう、これで漸く、私達の戦いは終わったのです。
今は、潮風の吹く音と。
海鳥の声に耳を傾けながら。
貴方と数十年を取り戻すように抱き続けた。
どうか、私達以外の人達にも。
戦いたくないのに戦わざるを得ない人達の戦いが終わることを、切に願います。