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🐾たびたび🐾
これ、まぁよく言われるのが『無数に答えがある』とか、『生きる意味はない』
の2つ。
以下の視点の違いで分かれてると思うんだけど、
・何故生きるのか
・どのように生きるのか
私は『どのように生きるのか』という視点を推してる。
昔、この生きる意味について考えたのは、
『すべてがFになる』に登場する犀川創平先生の言葉からだったよ。
文体とかは忘れたけど、私にはとても刺さったよ。
『生きることに理由なんてない。理由を求めること自体が無意味だ』という言葉で考えたのがきっかけかな。
例えばだけど、1+1=2
という数式があったとして、『なぜ』を問い掛けるのは無意味だよね。理由は無数に考えられるし、問い掛ける場合はもっと別の要因が絡む時だと思う。(殺人事件現場に残された、1+1=2 とか)
無数に考えられるなら、意味は無いに等しいよ。
そうすると、『どのように』という問い掛けが、人生に対してのシンプルな問い掛けじゃないかな。
うまくすれば人生は数式自体もいじれる可能性あるし建設的だね。
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その代わり北海道…

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血圧高いのは問題視されるけど、血圧低いのは病院でも「高いとまずいけど低いのはまぁ」くらいに言われてしまうのよね
でもぼーっとしちゃうから良くはない
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