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がっちゃん
主人の叔父も同じように癌の手術をして再発し、治療せず一人暮らししてて、検診でこの状態では独居は不安と言われ急遽病院が運営するホームに入ったんだけど。自宅を片付け出来上がったところで倒れ、息子達が来るまで1日半くらい身動き取れなかった。🏠入居後はすっかり落ち込んで2,3ヶ月で亡くなった。その選択は良かったのか?そこを検証しなければならないけど、最後がどうなるかはわからないし、それまでどう暮らしたいかってことだけなんだけど。
現代においては余りにも死がタブー視され、生ですら見ることがない。見ないことについては学習ができない。だから余計にそれらが”怖いもの”になっているのではないか。
今は自立生活できてて緩和ケアとか老健とかいうのも該当しないし、ホームなら介護認定がなくても入ることはできるけど、それが安心な生活なのか?
昨日の会議の中で、団地の体操チームの代表さんが言われたことを思い出した。
👵私たちは皆独居ですから、お互いが今日は大丈夫?と確認できるとすごく安心なんです。だから気になる人には声をかけて、朝起きて元気だったらベランダに旗を立てて知らせあっています。
高齢者の孤独死が問題視されて久しいが、以前義母が認知症になった時は孤独死の何が問題かわかっていなかった。今は何かわかるような気がする。義父は健康面でも経済面でも恵まれている方だけど、死期が迫ると自覚することは、まるで死刑宣告を受けた人のような心境になるのだということ。死がどんなものかある程度受容できてないと日々とても不安な気持ちでずっと過ごさなければならない。しかもある日突然来るとは限らないし、今後苦痛があるのではないか。それをたった一人で我慢し続けるだけの時間が想像するだけで辛い、という事なんだろう。同居でも逆に家族が受け入れられないと感じてしまうこともあるらしい。
そして残される側も、このような宣告を受けてから死後に至るまで孤独や焦燥、後悔等に苛まれてしまう。
これらを考えることが”死生学”というのだそうだ。近代社会が生活から切り離してしまった生と死は、誰にでも訪れる、これ以上ないほどの普遍性を持っている。
今人生の学習としてラストページをめくったような気がしている


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綺麗なお花ですね✨ 色々と学ぶ事がありますね 教えて頂きありがとうございます