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ヒサカタハルカ
弱ったカラスの子を拾った人が、ある小さな山の東側に住んでいた。
山の西側に住んでいた人は巣から落ちたハトの子を拾った。
カラスの子もハトの子も、大切に育てられ自立出来る日が来た。
山の頂上で出会った二羽。ハトがカラスに襲われた。
それを見ていた東の人。
「あの子が自分で餌をとった! これで一人で暮らしていける」と大喜び。
西の人は「せっかく丹精して育てたのに、山に返したとたん、なんて可哀想」と泣いた。
これは、「同一の出来事が、見る角度と立場によってまるで異なる」という事例で、現実世界では「真実はひとつ」なんてことはない。見る人の角度により真実はすべて異なる。
例えばウクライナの戦争。例えば汚染水放出問題。そんなもん、何が善悪かとか何百年議論したって答えは出ない。
「そちらの意見はそう。こちらの意見はこう。さて、妥協点(落とし所)はどこにする?」という、「交渉」でしか解決策はない。
少し前に「論破」という言葉が流行ったが、議論には決定的に相手の非を突きこっちの主張を押し通すもの、弁護士のように「どちらの意見が正しいか」は別としていかにクライアントに有利に交渉を進め落とし所を探るかというもの、「屁理屈でもなんでもその場で相手を言い負かせばいい」という口喧嘩、「相談によってお互いにより高みの境地を目指しましょう」というアウフヘーベンなど様々な種類がある。
これらの違いやメリットデメリットを知り、適切な形式を選べる知性がなければ、議論は最終的に感情論の罵り合いにしかならない。
これは若い人、つまり文化の国際的多様性とネット社会に溢れる情報に否応なく晒される、まだ新しい時代に対応する文化や文法が確立されていない現代を生きていく人たちにとってすごく大切に考えて欲しい。
相手を論破して喜んでるようではただのおこちゃまだ。
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キャラ設定細すぎるしそれも需要が極めて高い(低いものもある)
すばらしい、めっちゃかわいい

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本当に小春ちゃんがいたの!可愛かったー!!

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苺シェイク矢野🍓
本来であれば、 ・どちらにそもそもの原因があるか(どちらが先か) ・どちらがより大きなダメージを与えたか といった要素を見極めたうえで、ペナルティに軽重をつけるべきと思えるのですが、なかなかそうはなりません。なぜでしょうか? 一つの理由として、日本人の、「関係性重視」の気質があるのかもしれません。これは、事の善悪やその軽重以上に、その後の人間関係をより重視するという傾向です。あまり明確に白黒をつけるとその後の人間関係が難しくなるので、「どっちもどっち」としておくことで、その後の人間関係をスムーズなものにしようという知恵とも言えます。
苺シェイク矢野🍓
本来、両者の非にかなりのアンバランスがあるにもかかわらず、お互いに責められるべき点があったということを根拠に、両成敗としてしまう落とし穴です。 これは特にミクロな人間関係のレベルで起こりがちです。従業員同士のいざこざや、近隣住民とのトラブルなど。本来なら、「こちらの方が悪い」となりそうなところでも、「どっちもどっちでしょ」でかたがつけられてしまったケースは、皆さんもご経験があるのではないでしょうか。
苺シェイク矢野🍓
「どっちもどっち」論法は、生活の知恵としての効用は否定しませんが、それも状況によりけりです。仮に「非」が測定できるものとして、それが40対60ならまだしも、1対99の状況で両成敗とされたら、「1」の側の人間に大きなわだかまりが残る可能性は非常に高いと言えます。ペナルティを与えるべき時にペナルティが与えられないことは、「得」をした側にとっても、長期的に見れば、必ずしもプラスに働くとは言えません。今回のケースでは、妹の方は図に乗って、友達にも同じことをしてしまうかもしれません。長期的に見て必ずしもプラスにならないのは、裁定をした側も同様です。
苺シェイク矢野🍓
「ある案件で一方の非が大きくても、そのうち別の案件で相殺されるだろう」という見込みや予想があると、その傾向はより加速されます。ひょっとすると、問題で取り上げた父親は、「そのうち、姉の方が原因でケンカになることもあるだろう」と考えてその場を収めたのかもしれません。 もう一つ「どっちもどっち」論法が用いられる理由として、「事なかれ主義」も考えられます。面倒な議論を引き起こして時間をとられるくらいなら、見て見ぬふりとはいかないまでも、軽く流しておいた方が得という発想です。
苺シェイク矢野🍓
やはり、安易な「どっちもどっち」に逃げるのではなく、「非」にアンバランスがあるときには、しっかりとその非を咎めることが、長期的に見て、良いコミュニティを作ると思います。目途としては短期(数日から数週間程度)で1対2、あるいは1対3以上のアンバランス、長期(数カ月)では2対3、あるいは3対4以上のアンバランスでしょうか。そのバランス感や測定は非常に難しいですが、ぜひ皆さんなりに基準を設けて、咎めるところは咎める勇気を持ちたいものです。