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たいち
講習会では「医師人生の中でプロフェッショナリズムを感じたエピソード」を物語として作って語る会があった。
その中の、ある若い小児科の先生のエピソードを少し脚色して紹介させて頂く。
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『桜を見にいきましょうか。』
小児科医として働き始めた僕に、指導医はいった。
担当患者はある生後四ヶ月の可愛い小さい女の子。
治療法のない、先天性の染色体異常の病気。無事出生する事でも奇跡的。1歳を超えることはまずない病気を抱えて生を受けた女の子。
生まれた瞬間から、寧ろ生まれるその前から『どこまでの延命的な行為を望むのか』無限に答えの出ない問いを、医療者と家族は共に考える。
最低限の呼吸の補助を行い、なんとかつながる命。生を受けて四ヶ月。一度も病院から出ることはなく過ごした母娘。
ある日、母親が「外でお花見ができるような元気な子産んであげたかった。」と溢す。
その言葉を聞いた指導医は『桜を見にいきましょう。』そうやって答えた。
桜が咲き始める頃から、何度も家族とチームで面談、女の子の体調も確認しながら準備をした。
満開の時期を予定していたが、患者の体調と天気と相談して8分咲きの頃の外出となった。
呼吸の補助も、酸素の値を測るモニターも、外していくことに決めた。
まだ若手の僕は、不安で不安で堪らない。
出先で何があるかわからない。後悔するのでは?責任取れないぞ。そんな思いで見守っていた。
外出の日。大学病院の近くの城跡。お父さん、お母さん。お爺ちゃんお婆ちゃん、指導医とナース、そして僕に囲まれた女の子で出発。
病衣ではない普通のおめかししたお洋服。患者は四ヶ月だったが、健常者が生後5日頃、退院する時に着るような晴れのお洋服を着て退院。
時間にして15分。8分咲きの桜の前で、家族写真を撮った。
その2週間後。桜が散る頃に、彼女は旅立った。
ご家族がアルバムを持って、病院に来てくれた。
「こんなに、こんなに幸せなお花見なかった」と。写真を見るとみんな笑顔。その中でも母と子は1番の笑顔だった。
桜の季節が来ると、この患者と家族を思い出す。あの時の指導医のように、支えられているだろうか。そんな風に振り返るのである。
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💎たぬき
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ヨッシー*´3`*´
重い話だけれど、避けられない現実と向き合ってそのご家族にとっての最良の時間を一緒に考えて上げられる。そんな病院のスタッフの皆さんのチームワークか素晴らしいと思いました。 治療を続けて1ヶ月生き延びるのと、早めてしまうかもしれないけど、沢山の家族に囲まれて過ごすのと。
KAZUぽぽ
その思い出を残している事が受け継いでいる証だと思います。 いいお話を聞けました。 プレホスピタルの場(自分)は一瞬で残す事が難しいのですが感性豊かにいきたいと改めて思いました。 ありがとうございます。
紫陽花
毎日いろいろなことが起きますが、大事なことを見失わないようにいたいなと思いました。 私も頑張ろう。 すごく伝わる素敵な文章、いつも感服しています。
りりー🫖
たいちさん、こんばんは。 お疲れさまです。 良い話しなんだけど、悲しいです。 仕方のないことなんですよね。 命の時間は誰にでもあるので。