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アクア−Devil
タイトル:**「灰色の約束」**
尖閣の北東、波が岩を削る音だけが響く夜。
漁船「海燕丸」の船倉に、27歳の男が座っていた。
名前は出さない。誰も知らない名前にしておく方が都合がいい。
彼の手には、プラスチックに密封された小さな金属ケース。
中身は、誰かが命を賭けて撮った一連の画像と、座標データと、10秒ちょっとの無音映像。
・202X年X月X日 03:17
・領海接続水域を越えた瞬間、艦影がレーダーに二つ現れた
・一隻は明らかに軍艦、もう一隻は偽装漁船だった
・そして照明弾が上がったとき、誰もが息を呑んだ
彼はそのデータを6年間、誰にも見せずに抱えていた。
外務省の誰かに渡せば即座に外交カードになる。
右派の団体に渡せば火薬になる。
メディアに流せば数日で燃え尽きる。
どの選択肢も、彼にとっては「終わり」でしかなかった。
「俺が持ってる限り、まだ終わってない」
そう自分に言い聞かせながら、彼は毎年この時期になると同じ海域まで来て、
エンジンを止め、漂う。
ただ漂う。
誰にも言わず、何もせず、ただそこにいることで「まだ終わっていない」ことを証明する。
今夜もまた、波が船を揺らす。
携帯の画面に、毎年同じ時刻になると自動で届く、匿名の1通のメッセージ。
「まだ持ってるか?」
彼はいつもと同じように返信する。
「持ってる」
返信が来ることはない。
来る必要がない。
向こうも知っているからだ。
この男が「まだ自分で止めている」限り、事態は動かない。
時計が03:17を指した瞬間、彼はケースをもう一度見つめた。
そして呟く。
「もう少しだけ待ってくれ。
俺が自分で納得するまで」
金属ケースをそっと船倉の奥に押し込み、
彼はエンジンをかけた。
波の音に紛れて、船はゆっくりと尖閣の影から離れていく。
誰も知らない。
誰も追及しない。
誰も報じない。
ただ一人の男が、
自分の手で時間を止めている。
いつか——
彼が「もういい」と思った瞬間、
そのケースは静かに海底へ沈むだろう。
それが来るまでは。
まだ、終わっていない。
(了)

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