私たちの身の回りには確かなことなど何もない。私たちが全てを把握できない以上は、あらゆることが偶然に思え、不確かで、不安定だ。そして人間の行動も、虚構に虚構を重ね、不確かで、不安定だ。では私自身は?私自身の思考も、忘却と気まぐれと衝動的な感情に振り回され、かつてこれが自分だと思っていたものはもはや自分ではなくなり、自分自身が自分から逃げ去ってゆく。思考を書き留めて自分を保存しようとしても、後から見ればもうそれは自分ではなくなっている。――確かな私など存在しない。私は常に流れ去ってゆく。それなのに私は、その虚無から目を逸らすために虚構の私の像、生み出した次の瞬間からもはや私ではない私の像にしがみつく。確かなものは全て虚構であり、真に確かなのは不確かさだけである。
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