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臼井優
そして今から述べる2つが、実は決定的に重要なポイントなのではないかと思うが、高学歴エリサラほど自分の人生に関して内省する機会が無いのではないかと言うことである。
人が自分の生き方や人生に関して内省するのは、大抵の場合は大きな挫折をしたときなのではないかと思うが、結局このような機会が「レールの上に乗った」高学歴エリサラには訪れないのである。
始めて訪れるとしても、40代で出世コースから外れた時であり、もうその時には、他の地域に住むという選択肢が消失してしまっているのではないかと考える。高学歴エリサラが普通に生きて、人生のレールに乗っていると、東京もしくは海外の大都市以外で働くという選択肢は訪れないし、考えもしないのである。
自分自身は、社会人人生で大きな挫折を経験し、その時に自己啓発本を読んだり、人生に関して見つめ直す等と言った機会があったが、周囲の東大の友人に話を聞いてみてもこういった自己啓発本を読んでいるという者は聞いたことが無いのである。つまり人生や生き方と言うボンヤリとした概念に関して内省する機会が高学歴エリサラには無いのではないかと言うのが自分自身が抱いている仮説である。
⑥結局「競争のレール」から降りられない
そしてこれまでの話をまとめると、結局のところ高学歴エリサラは、競争のレールから降りられないというのが答えになるのではないかと思う。
小学校受験・中学受験→有名中高一貫校進学→東大を筆頭とした高偏差値大学進学→コンサル・投資銀行・総合商社・大手金融機関入社もしくは士業(弁護士・医師・会計士)→出世競争に明け暮れるという「競争のレール」から降りることが非常に難しいのではないかと思う。よく言われる30歳1000万円である。
これまで筆者は「人生のレール」という言葉をよく使ってきたが、「競争のレール」には「人生のレール」よりも一段階高いハードルがあるのではないかと考える。
サンクコストの問題も大きいだろう。友人の中でも30代で敢えて東京の競争社会から降りている者は存在しない。そうなると自分自身もそういった「軸ずらし」の選択肢を取ることは難しいのではないかと思う。彼らからすれば、関西のBig4や戦略コンサル、大手インフラすら選択肢に入らないほどの世界観なのでは無いかと思う。
ちょっとモテたいから、ちょっとQOLの高い生活をしたいから関西で過ごしたいという発想自体を筆者自身は周囲の東大卒から聞いたことが無いし、議論の俎上に挙がることすらない。
本来の人生の目的は幸福になることであると考えると、これは不思議な話である。
筆者は、高学歴エリサラが敢えて関西企業に就職したり、転職するのは一種の「軸ずらし」であると思うが、これは思ったよりも難しい選択肢なのではないかと考える。
結局そこには、崖から飛び降りるレベルの恐怖心が存在するのではないかと推察される。
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ふりこ

ばふんくん
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まりせ
今日ネットでこの言葉を知ったんだけど、なんかこういう感性の人増えると世界は良くなるんだろうなと思った、と同時に超つまらなくなるんだろうなって思った。
君はどう思う?

ヒトリ
回答数 1986>>
難しい問題を抱えてる時、アドバイスもくれるし。知らん人が。

🇯🇵にこ
私から見たら「相手がいつもなら経験しないような味をプレゼント」
私も渡したら忘れちゃうしこのぐらいでいいのかも[ほっとする]

さや
今すぐ振ってねって
伝えてしもうたけど、、、
どうなるんだろう?🥹
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ソワソワ…。

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