共感で繋がるSNS
GRAVITY(グラビティ) SNS

投稿

臼井優

臼井優

滝川幸辰(たきがわ ゆきとき)と関西私大の関わりは、1933年に京都帝国大学で起きた学問の自由弾圧事件「滝川事件」とその後の再建過程に深く根ざしています。

1. 立命館大学との強い繋がり
滝川事件で京大を辞職した教授陣の多くが、戦後、立命館大学の再建に尽力しました。

末川博の招聘: 事件の当事者の一人である末川博は、戦後、立命館大学の総長に就任しました。彼は「平和と民主主義」を掲げ、現在の同大学の教学理念の基礎を築きました。

学風への影響: 京大を去った「滝川事件」関係者の合流により、立命館大学法学部は「自由な学風」を象徴する存在へと変貌を遂げました。

2. 関西大学・ノートルダム女学院大学との関係
関西大学: 直接的な教職歴は目立ちませんが、事件の同志である恒藤恭などが関西大学で講義を行うなど、学問的ネットワークを通じた交流がありました。

ノートルダム女学院大学: 滝川幸辰は京大総長を退任した後、晩年にノートルダム女学院大学の教授を務めました。

3. 事件が関西私大に与えた意味
滝川事件は、国立大学における学問の自由が脅かされた象徴的な事件でした。
 これを受け、官学(京大)を追われた一流の法学者が関西の私立大学へ流出したことで、結果として関西私大の法学教育の質と「反骨・自由」の精神が大きく強化されることとなりました。
GRAVITY
GRAVITY1
関連する投稿をみつける
話題の投稿をみつける
関連検索ワード

滝川幸辰(たきがわ ゆきとき)と関西私大の関わりは、1933年に京都帝国大学で起きた学問の自由弾圧事件「滝川事件」とその後の再建過程に深く根ざしています。