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ピチピチ魚人@ラス
批判そのものが、常に悪いわけではない。
誤りを指摘し、改善を促す批判は、社会に必要な営みでもある。
しかし問題なのは、理解や改善を目的とせず、相手を傷つけるための批判――
つまり「痛めつける行為」になったときである。
そこには、明確な間違いが生じる。
⸻
1. 痛めつけは「正しさ」を生まない
人は、傷ついているときには学べない。
恐怖や恥、怒りに支配された状態では、思考は閉じ、
自分を守ることに全力を使ってしまう。
つまり、痛めつける批判は
相手が良くなる可能性を奪う。
正しさを伝えるどころか、
正しさが届かない状態を作ってしまうのだ。
⸻
2. 批判が暴力に変わる瞬間がある
言葉には力がある。
その力が「相手を下に置く」「価値を否定する」方向に使われたとき、
それは意見ではなく暴力になる。
• 人格を否定する
• 嘲笑する
• 逃げ場をなくす
• 集団で攻撃する
これらはすべて、正しさの議論ではない。
支配と排除である。
どんな主張であっても、
暴力を使った瞬間に、その正当性は失われる。
⸻
3. 痛めつける批判は、必ず自分に返ってくる
他者を痛めつける態度は、
やがて社会全体の空気になる。
すると次は、
「自分が間違えたとき、同じことをされても当然」
という世界が出来上がる。
その世界では、誰も試さなくなる。
誰も発言しなくなる。
間違いを隠し、責任を回避し、成長が止まる。
痛めつけは、一時的な優越感を与えるが、
長期的には全員を不自由にする。
⸻
4. 批判と破壊は、まったく別の行為である
健全な批判はこう言う。
「ここを変えれば、もっと良くなる」
痛めつけはこう言う。
「お前は間違っている」「価値がない」
前者は未来を向いている。
後者は相手を終わらせにいく。
何かを良くしたいなら、
人を壊す必要はない。
⸻
結論
何かを批判して痛めつけることが間違っているのは、
それが
• 正しさを伝えず
• 改善を生まず
• 社会を萎縮させ
• 最終的に自分たちの首を絞める
行為だからである。
批判は、相手を下に置くためではなく、
共に前に進むために使われるべきものだ。
壊して黙らせるより、
理解して変えるほうが、
はるかに強く、はるかに正しい。
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よしりゅ
あっくん
個人的に情緒不安定の地雷系人材だと思ってる。
異論は認めるから、理由を教えてくれ。
蓮司
回答数 206>>
それを自分でも理解してるなら別れるべきだな
身体も心も傷つくのは貴女自身
ゆぐにら
数字は世界を変える。

るい
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ぶたに

奏
同級生も先輩も後輩もほぼ全員絶対結婚して子どもいる。絶対いる。そんな人達と私みたいな一生独身でいる気満々な奴がまともに会話出来る自信ねえわ開くの怖い。明日電車で見よ。

リイナ
フレークシール
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ハロウィン(真選組) 乾さん、☆才木さん、葉山さん
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☆は交換のみ。
買い取りはお手渡し優先
難しいと思いますが、よろしくお願い致します。

抹茶み
「基本的には70かな!」
「65で強いキャラっていますか?」
「進化適応かな〜」
「パブロフは消えたんですか?」
「あっ、今は存在を消されてしまったんですよね。……ところで、本当に初心者の方ですか?」

つくね

つばキ
え?どうして今まで歌みたがなかったんだ?ってなってしまうくらい良すぎる。

蟹道楽
BRAVERかLIVE Ⅳ LIFE現地で浴びたかったから大満足なんだ…願わくば次は3人で演る所を…!

あるべ
こういうネガティブな思考になるのも、休日ならではなんだよな。平日はその余裕もない。

ゆず
BBA涙腺ガバガバだから幸せそうなAZさん見たら泣きそうになるんだ

きのこ
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