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お前のプロテイン
俺たちプロボクサーは下級民族であり、お金を貰って人と殴り合ってる。強さを証明したいって考えも当然あるけど、現実的に考えてその強さが必要される場面は日本にいる限りほとんどないただの自己満足。その考えがあれどお金が発生しないならプロボクサーになるやつなんていない。要は僕たちは商品。だから俺達は客を満足させないといけない。そのために頑張ってる。だからボクシングを野蛮だとか言うのは辞めてほしい。
コメント
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〆さば
別にジャージが5万だっていいし、フリースが15万だっていい。
アートとしての揺り戻しだと思うから。ノームコア(ハードコアの逆、ミニマリストにも通じる)なんて2000くらいから言われ、所謂脱おしゃれの文脈(多分バンクシーとかも)に高値をぶら下げていることで自分らもファッション界も購入者も等しくバカにしてんじゃないかなー。
ダッドスニーカーがブームになったあたりから露骨になり始めて、WEARのリールにヤバいセンスのやつが出てこなくなった時、残念だけど、日本は「そういうフェーズ」に入ったんだなと。workmanですよ。みんなでworkman。
衣料品は機能性と快適性、強靭性に回帰している。


Michel
回答数 106>>
今の状況が続けば 経済は停滞して大企業は海外へ活動の拠点を移し かねもちはみんな日本からいなくなるので そうしたら貧乏人だけで 肩寄せ合って 楽しく暮らせるようにする
過眠チャン
数時間後数分後には吸ってるんだから
全くもって意味のない思考の時間
しゅう
街角のインタビューの中で
「ある高校生」が
「自分が受けてきている 学校の教育は
ロボットを育ててるみたいに感じる」と
率直な発言をしていた件
要するに
「人・子供・生徒を育てる教育」であるはずが
いつの間にか
「モノ・ロボット」を育てる教育になって
しまっているようなお話
恐らく 具体的に言うと
「モノ・ロボット」と同じように
「画一的(同じ)にする」だったり
「命令・指示した通り 動く事を要求」など
そのような「学校教育」になってしまってる話
このような
「人工的な ロボットを育てる様な
日本の学校教育」から
日本に住む『日本人』が脱するためには
「親・家庭」や「子供/生徒自身」が
「日本の学校教育に 懐疑的になる」という
「意識」も重要な件
そして
「全て 学校側の指示に
訳も分からなく ただ親・子供が従う」より
「1つ1つ それが 果たして
理に叶う教育内容かどうか?」を
「考える・判断する」のも重要な件
日本の「学校教育」は
自分の「留学した経験」を踏まえると
「良い部分」もあれば「疑問に思う部分」も
色々あって
「子供にとって 良いと思うなら
日本の教育の指示に従えば良い」し
でも 一方で
「子供にとって 意味が無い・犠牲的なら
それは 従う必要はない・無視」も
重要と思う件
個人的には
「学校の強制参加行事」というのも
(マラソン大会・合唱コンクール)
「各 親」の責任でもって
「ズル休みをする」や「無視する」のは
基本的に「咎められない話」と思う件
学校側が 勝手に決めた
「強制参加イベント」に「参加しないこと」は
「罪に問われる様な話」ではなくて
「ただ 参加しない 自由な意思」という
ただそれだけであるお話
また「ある生徒が 参加しない事」を
「先生・他の生徒・他の親が」
周りから 咎(とが)めてくるなら
それは「お門(かど)違い」であって
本来 「咎める 周りの生徒・親・先生」も
「自分の責任で 参加しない」などの
意思表示・行動をすればいいだけであり
それが出来ない為に
「参加しない生徒・親」を責めているだけの話
日本は このような
「非常に不思議な 団体責任・集団意識」で
他人を「追及する・責める」という部分があり
「不当に人を責める」という
「パワハラ的な事が心理的に 慣習的に
常態化してしまっている件
そのような「島国 日本特有」の
「偏った心理的なクセ」について
「疑問を持たない・持てない」のは
個人的には 「人権の侵害」で
「異常」と思うお話

あやた
意外に耐えるんやね

まゆら
くれ‼️‼️‼️‼️‼️
たちぱな
冷静になって、何個か商品戻して3回くらいレジ並び直した←
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野原

限界社
嫌いの中でも「かなり」レベルは隠し通せねえよ滅多にいなかったもの限界社会人の人類史にさぁ
性格とポンコツ加減のブレンドが超一級過ぎて二つの意味でやめてほしい

けい@薬
まだ届かないよぅぅ
#崩壊世界の魔法杖職人

✨Sparkli

やまか

はるき
EIGYOKUDOの意味は?
EIGYOKUDOは、特に日本の文化や歴史に関連する用語で、以下のような意味を持っています。
意味: EIGYOKUDOは「栄誉の道」という意味で、名誉や栄光を追求する道筋を指します。これは、個人や集団が高い目標を持ち、それに向かって努力する姿勢を表しています。
歴史的背景: この言葉は、武士道や日本の伝統的な価値観に根ざしており、名誉や忠誠心が重視される文化の中で育まれました。特に、戦国時代や江戸時代の武士たちが、名誉を守るために戦ったことが影響しています。
現代の使われ方: 現在では、ビジネスやスポーツなど、さまざまな分野で「EIGYOKUDO」という考え方が取り入れられています。目標達成のためのモチベーションや、チームの結束を高めるための理念として使われることが多いです。
このように、EIGYOKUDOは単なる言葉以上のもので、深い文化的背景と現代における応用がある概念です。

代打大

トナカ

かなめ

little lat
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お前のプロテイン 投稿者
もちろんボクシングに限らず格闘技全般においてそう。格闘技を野蛮なスポーツだと思っていたとしても言わないでほしい。できれば思わないでほしい。