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21g

21g

小〜高の学生時代をスポーツ選手として過ごし、大人になって運動とかに拒絶というか、もうやりたくないという心の声がデカくなって、正直健康損なっていいからやりたくないが本音。
GRAVITY2
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コメント

やま

やま

1 GRAVITY

心の反発がすごいですね

返信
21g
21g
心の中ではもう一生分の運動した気持ちなので…[ほっとする]
1 GRAVITY
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今日は仕事終わったら打ちっぱなし行ってから帰ろうと心に誓ったのでした。
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今日のメソッド
34 TURQUOISE
共感能力を目覚めさせる
古代の知恵を学ぶ。
内なる宇宙と繋がる。

今日のヒーリング
43 RHODOZITE
健康で安定した環境での生活が、丈夫な物質的身体を作る。
*アーススター、ソーラーブレクサス、コーザル
*秋
*地球を癒す

今日の学び
Two of Earth
やることを厳選すること。
遊び心について。

今日のメッセージ
17 The Star
希望を捨てずに。
理想を思い描いて。

今日の心の状態
1 RIDER
18 DOG
11 WHIP
信頼できる喜ばしいニュースが欲しい。
やる気を出したい。

今日起こりそうなこと
33 鍵
5 木
2 クローバー
健康状態を良くする方法が見つかる。

具体的に今日はどんな日か
♥5, ♣8, ♣10, ♠3
情熱的に行動し何かの成果を得られるが、同時に対立も生む。
感情のコントロールが必要。
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もね

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孤独は埋まるものではない、心も満たすものではない、一生抱えて生きるようなものなんですよ
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紫苑/しおん🐈‍⬛

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どうして他人と比較してはいけないのですか?どうして他人と比較してはいけないのですか?

回答数 40>>

「どうして他人と比較してはいけないのか」という問いは、すでに比較の構造を帯びている。問いの深層には、「他人と比べてしまう私は間違っている側なのではないか」という不安や、「一般論では悪いとされているが、それは本当だろうか」というアンチテーゼが潜んでいる。

正しい/間違い。
できている人/できていない自分。
こうした二項対立は、判断を速くし、短い安心感を与える。その一方で、思考の幅を狭め、自分自身の感覚を置き去りにする。

さらに「普通」「一般論」「あるべき姿」といった他人基準が重なると、人は自分の人生を、自分以外の物差しで測り始める。

ただし、比較そのものが悪なのではない。人が比較をするのは、多くの場合「もっと善く生きたい」という願いからだ。自分の位置を確かめ、前に進んでいると感じたい。その衝動は、ごく自然で人間的である。

ダイナマイトを開発したノーベルも、破壊を目的としていたわけではない。トンネル掘削を楽にしたいという願いがあった。価値を歪めたのは思考/道具ではなく、それをどう使うかという人の心だった。比較も同じで、自己確認の為に使われる限り、それは人生を支える道具になり得る。

問題が生じるのは、比較を用いて他人を貶めたり、支配しようとしたときだ。その瞬間、比較は安心を与える道具から、価値を歪める凶器へと変わる。そのリスクがあるから、人は「比較するな」と言葉を強めて止めるのだろう。

他人基準の二項対立を捨てれた時、
人は少しだけ自分に優しくなれる。

勝っているか負けているかではなく、
納得できているか。
正しいか間違いかではなく、
満たされているか。

コーヒーを味わう時、「あいつよりも俺の方が美味しいはずだ」と思って飲む人は少ない。多くの場合、「美味しいね」と感じられれば、それで十分だ。人生も同じで、比べて勝つ幸福と、ただ味わう幸福は別物である。

比較をやめることが目的なのではない。比較に縛られなくても生きられる瞬間を、少しずつ増やしていくこと。その先に、人は「正しい人」ではなく、自分の人生を生きる人として立っていられる。
哲学哲学
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小〜高の学生時代をスポーツ選手として過ごし、大人になって運動とかに拒絶というか、もうやりたくないという心の声がデカくなって、正直健康損なっていいからやりたくないが本音。