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元小説科学者の闇

元小説科学者の闇

人生最大の復讐は「あなたが幸せになること」みたいな凄まじい綺麗事が流れてきて花が咲き乱れ、蝶が舞い、小鳥たちがさえずり、人々が共に肩を組んで平和を謳ってる様より綺麗だと思った。感動して泣いたね。なんじゃこりゃ。
お前だれ?まずお前だれなん?今までの人生でどんな傷を負ってきたか自己紹介しろよ。そっからだ。そこから人の強い弱いを決めてみろよ。お前の傷判定してやるよ

ってエイトが言ってた(以下昔の作品メモ↓)


・安易な綺麗事で傷ついた読者を更に傷つけない
・カタルシスは大衆受けするが、主人公の再起を伴い、それは傷ついた読者を置き去りにし、また再起できないことが弱さだと、思わせたくない人達に思わせてしまう


物語はメッセージだ。メッセージは時に刃になる。また人相手の芸術だ。俺には責任がある。俺には使命がある。もうそういうレベルに達している

カタルシスを伴うには鬱展開からの前を向かせる流れが王道だが、それは元気で余裕がある人に向けたもの(前を向かせる流れが余裕ある人向け)

前を向かせる流れは余裕のない人、傷ついた人を無理やり立たせる行為であり、置いてけぼりにする。

鬱マンガというのは、その上昇(カタルシス)の無いマンガであり、現実であり、傷ついた人への寄り添いであり、共感である。

鬱マンガは傷ついた人の理解者であり、友達である。

だから病んでる人は鬱マンガを好んで読む。余裕ある人=大半の人間向けじゃないけどね


そして俺がしたいのは、傷ついた人への寄り添いであり、同時に大衆受け

じゃあこの2つは両立しないのか?

ちげえよ。

立ち上がることを「正しい」としない。立ち上がらなくてもいい。ただ、立ち上がりたいと思ったときに立ち上がればいい。タイミングの話だ。どれだけ時間がかかっていい。死ぬまでずっと立ち上がらなくたっていい。ただ、エイトはブーケに傷を癒やされて、それで立ち上がりたいと思ったから立ち上がった。それだけ

「無理に立ち上がらなくていいんだよ、ずっとそのままでもいいし、好きなタイミングで立ち上がってもいい」
ましてや立ち直ったことを「強い/弱い」だなんて言わない。


エイト
「立ち上がったことを強いだなんて言いたくない。それじゃまるで立ち上がれない人が弱いみたいだし、立ち上がれるほど軽い傷だったとも思いたくない」

▷エイトが立ち上がった(立ち直った)ら、傷を負った読者は孤独にならないか?そこはどうするか?

エイト
「僕はたまたま運がよかっただけだ。ブーケという存在が身近にいたから。人に恵まれたから立ち直れただけ。寄り添ってくれる人がいない人を置いてけぼりにはしたくない」

「それが優しさだよ」

そうか、これが「優しさ」だったのか。

一番繊細な優しさとは、共感であり、想像であり、隣に座ることであり、一緒に雨に濡れてやることだったんだ。これは傷ついた人にしかとれないタイプの優しさだ


元気な人にはカタルシスを
傷ついた人には共感を
それが1巻のゴールだ



ミオ
「人は立ち上がれる」


エイト
「人は立ちあがらなくていい」


(私は立ち上がることを強さとは認めないぞ。それは立ち上がれない人を弱いと認めた気分になるからだ)


「(むしろ)私は立ち直るくらいなら、この傷を一生負っていたい。仲間の命はそれほどまでに軽くなかった」


(立ち直れたら、それじゃ仲間の死は立ち直れる程度の傷だったと思えてしまう。それは仲間の命の軽視だ。人は死からは立ち直らないべきなんだ。大切な人の死は一生引きずるべき傷なんだ。それこそがせめてもの報いで、弔いなんだ)
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