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しおん

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やっと合体みれたー!!!
2時半の野良練良きであった✌️

#FF14
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つなかん

つなかん

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もうちょいーーがんばれ[ハートポーズ]

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しおん
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辛ーーい[大泣き]
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10k昇格戦で勝ったと思ったら1足りなかったわ。
ついてねえ
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あめ

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#あんスタ 間に合いました[泣き笑い]め、、目が、、[泣き笑い]
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紫苑/しおん🐈‍⬛

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どうして他人と比較してはいけないのですか?どうして他人と比較してはいけないのですか?

回答数 40>>

「どうして他人と比較してはいけないのか」という問いは、すでに比較の構造を帯びている。問いの深層には、「他人と比べてしまう私は間違っている側なのではないか」という不安や、「一般論では悪いとされているが、それは本当だろうか」というアンチテーゼが潜んでいる。

正しい/間違い。
できている人/できていない自分。
こうした二項対立は、判断を速くし、短い安心感を与える。その一方で、思考の幅を狭め、自分自身の感覚を置き去りにする。

さらに「普通」「一般論」「あるべき姿」といった他人基準が重なると、人は自分の人生を、自分以外の物差しで測り始める。

ただし、比較そのものが悪なのではない。人が比較をするのは、多くの場合「もっと善く生きたい」という願いからだ。自分の位置を確かめ、前に進んでいると感じたい。その衝動は、ごく自然で人間的である。

ダイナマイトを開発したノーベルも、破壊を目的としていたわけではない。トンネル掘削を楽にしたいという願いがあった。価値を歪めたのは思考/道具ではなく、それをどう使うかという人の心だった。比較も同じで、自己確認の為に使われる限り、それは人生を支える道具になり得る。

問題が生じるのは、比較を用いて他人を貶めたり、支配しようとしたときだ。その瞬間、比較は安心を与える道具から、価値を歪める凶器へと変わる。そのリスクがあるから、人は「比較するな」と言葉を強めて止めるのだろう。

他人基準の二項対立を捨てれた時、
人は少しだけ自分に優しくなれる。

勝っているか負けているかではなく、
納得できているか。
正しいか間違いかではなく、
満たされているか。

コーヒーを味わう時、「あいつよりも俺の方が美味しいはずだ」と思って飲む人は少ない。多くの場合、「美味しいね」と感じられれば、それで十分だ。人生も同じで、比べて勝つ幸福と、ただ味わう幸福は別物である。

比較をやめることが目的なのではない。比較に縛られなくても生きられる瞬間を、少しずつ増やしていくこと。その先に、人は「正しい人」ではなく、自分の人生を生きる人として立っていられる。
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