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アクア−Devil
絵本風・超長文物語:『森をわたる心の風』
森の奥深く、季節ごとに色を変える大樹の根元に、キツネのココは住んでいました。
小さな体とは裏腹に、ココは森一番の俊足で、春の風も夏の川も追いつけないほど素早く走れました。
朝露を蹴って走ると、森の仲間たちは「ココはすごいね!」「まるで光みたいだ!」と口々に褒めました。
その声を聞くたびに、ココの胸の中にはふわふわとした誇りがたまり、それはやがて見えない“心の風船”のように膨らんでいきました。
ある日、ココは森の外れでカメのトトに会いました。
トトはいつも通り、ゆっくり、のっそりと道を歩いていました。
ココは少し高くなった気分のまま、軽い気持ちで言いました。
「トト、そんな歩きじゃ、夕日が沈む前に家に帰れないよ。ぼくなら一瞬さ。」
トトは立ち止まり、優しい目を細めて言いました。
「ココ、速いことはすばらしい。でも、速さだけが世界を見せてくれるわけじゃないよ。」
しかしココには、その言葉の意味がまだわかりませんでした。
「ふーん。まあ、ぼくには関係ないか。」
そう言って、ココは一陣の風のように走り去りました。
後ろに残ったトトは、静かにため息をつきましたが、その顔には責める色はありませんでした。
次の日、天気が急変し、空は黒い雲に覆われました。
地面はぬかるみ、足跡もすぐに雨で消えてしまうほどでした。
それでもココは、「ぼくなら大丈夫」といつものように走ろうとしました。
心の風船は昨日よりさらに大きく、軽くなっていたのです。
しかし、勢いよく踏み込んだ地面がずぶりと沈み込み、ココの足は深い泥に飲み込まれてしまいました。
「えっ…!?」
慌てれば慌てるほど、泥はココの足を強くつかみ、まるで逃がさないと言わんばかりに重くしがみつきました。
冷たい雨、重い泥、動かない足。
ココは初めて、自分の速さが何の役にも立たない瞬間を知りました。
そのとき、雨の向こうからぽつ、ぽつ、とゆっくりした音が近づいてきました。
トトでした。
大雨の中、トトはココへ向かってまっすぐ歩いてきていました。
「ココ…困っているようだね。」
「トト…ごめん。こんな時に、こんなところで…」
ココは泥にまみれた顔で、消え入りそうな声を出しました。
トトは何も責めずに、ただ静かに言いました。
「乗っておいで。ぼくの背中は重さに強いんだ。」
ココはためらいながらも、トトの甲羅にしがみつきました。
トトは一歩一歩、大雨に打たれながらも着実に歩き、ココを泥の罠から連れ出しました。
森の大樹の下まで戻ってきたころ、雨は弱まり、空の端に薄い光が差していました。
ココはトトに向き直り、深く頭を下げました。
「トト…ぼく、君を笑ってたのに、助けてもらった。
ぼくの心が軽くなりすぎて、人の気持ちが見えなくなってたみたいだ。」
トトは穏やかに微笑みました。
「心に誇りが生まれることは悪くないよ。でもね、誇りが膨らみすぎると、人の姿が遠く小さく見えてしまう。
だから時々、気づきの“石ころ”をひとつ拾って、心に重しをつけておくといい。
重しがあると、地面に近い場所に目が戻るからね。」
ココは静かに、そして強くうなずきました。
自分の速さは誇りにしていい。でも、それは誰かを見下すためのものではない。
心の風船と石ころ、両方があってこそ、まっすぐに歩けるのだと知ったのです。
その夜、雨上がりの森に静かに月が昇りました。
ココは月を見上げながら、小さな石ころを一つ、そっと胸のそばに置きました。
それは、トトが教えてくれた“心の重し”でした。
そして翌朝、ココは以前よりもゆっくりした歩幅で、森の仲間たちに「おはよう」と声をかけて歩きました。
心は軽く、けれど地面につながったまま。
その姿を見たトトは、静かに目を細めて微笑みました。
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