⭐さらに長くふくらませた絵本風物語｜アクア−Devilの投稿-GRAVITY(グラビティ) SNS

⭐さらに長くふくらませた絵本風物語

『バウマンさんの小さな灯り ― 風に揺れる橋の下で ―』

むかしむかし、といってもそんなに昔ではないけれど、
ある静かな町のはずれに、大きな石の橋がありました。
その橋の下には、入り江のように少し窪んだ場所があって、
風の強い日にはビニール袋がひらひら踊り、
雨の夜にはぽたぽたと水のしずくが音楽のように落ちていました。

そこにひとりで暮らしていたのが、バウマンさんです。
灰色のコートの背中はすこし丸まり、
毛糸帽子からは白い髪がふわふわとこぼれていました。
けれど、その目はやさしく、
いつも通りかかる人をじっと見ては、
――声に出さない挨拶をしているようにも見えるのでした。

けれど、人々は知りませんでした。
バウマンさんは、はじめから橋の下に住んでいたわけではないことを。
そして、誰よりも温かい心を持っていたことを。

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◆ 1章　あの家には、笑い声があった

数年前、バウマンさんの家には、
奥さんと二人の子どもの笑い声がいつもこぼれていました。

奥さんのエリーゼさんは、朝になると台所の窓を開けて
「今日も風が気持ちいいわ」と言うのが口ぐせでした。
子どもたちは元気いっぱいで、
バウマンさんは仕事から帰ると、
その二人を抱き上げてくるくる回すのが日課でした。

彼は小学校の先生で、たくさんの子どもたちに囲まれ、
絵本を読み聞かせたり、植物の観察を教えたりしていました。
教室にはバウマンさんの深い声が響き、
どの子も安心して耳を傾けていました。

けれど、その日常は、ある冬に突然変わってしまいます。

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◆ 2章　雪のように落ちてきた知らせ

その冬の日は、いつもより空が白く重く、
風はどこか悲しげでした。

エリーゼさんが倒れたのは突然でした。
病院へ運ばれ、検査を受け、
結果はあまりにも残酷なもので――
ガン。その言葉は、バウマンさんの胸を冷たく凍らせました。

彼は毎日病院へ通いました。
ポケットの中の手紙を握りしめながら、
いつか元気になったらみんなでまた森へ行こう、と
何度も心の中で語りかけました。

でも、2年前のあの日、
静かな朝にエリーゼさんは旅立ってしまいました。
雪が窓の外を舞っていたことだけが、
バウマンさんの記憶に強く残っています。

奥さんのいなくなった家は、空っぽの音がしました。
ゆうべまであった食卓のぬくもりも、
子どもたちの前髪をそっと押さえる手も、
すべてが影のように消えていきました。

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◆ 3章　お酒という "寄りかかる場所"

エリーゼさんの足音がしなくなった夜、
家じゅうが広く寒く感じられました。

最初は、眠れない夜を過ごすために
小さなグラスに少しだけお酒を注いだだけでした。
けれど、悲しみは毎日押し寄せてきます。
消えない波のように、絶え間なく。

気づけば、お酒は毎日の友だちになり、
次第に量が増えていきました。
それは「楽しいお酒」ではなく、
心の痛みをごまかすための、
ひっそりとした薬のようになっていったのです。

仕事への足取りも重くなり、
授業の声もかすれていきました。
ついには学校に行けない日が続くようになりました。

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◆ 4章　失われていくもの

お酒は悲しみを和らげるように見えましたが、
その代わりに、大切なものをゆっくり奪っていきました。

子どもたちの服をたたむ元気もなくなり、
食事も用意できず、
気づけば台所には空の皿が増えていきました。

町の人たちは心配し、
やがて子どもたちは市の当局に預けられました。

家は静かになりました。
まるで、息をひそめて泣いているようでした。

仕事、家、家族の声――
そして、生きるための希望。
それらは、ひとつ、またひとつと
バウマンさんの手からこぼれ落ちていきました。

「もう……力が残っていない。」

そうつぶやいたある日、
彼はそっと家を離れ、
長い旅の途中で
橋の下へと行き着いたのでした。

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◆ 5章　小さな少女との出会い

橋の下の生活は厳しく、
寒い朝は指先がうまく動きません。
でも、そこにはほんの少し、
心を温めてくれる瞬間がありました。

毎朝、学校へ向かう小さな少女が通るのです。
彼女は初めて会った日から、
にっこり笑って言いました。

「おはよう、バウマンさん！」

驚いた彼は、ぎこちなく帽子を上げました。
それから毎朝、彼女の声は
バウマンさんの寒い心に
やさしい陽だまりのように染み入りました。

そしてある日、少女は勇気を出して聞きました。

「バウマンさん、前はどんなお仕事をしていたの？」

すると、しばらく沈黙ののち、
彼はぽつりと言いました。

「……おじさんね。
小学校の先生だったんだよ。」

少女は目を輝かせました。

「ええっ！先生だったの？
じゃあ本読むの上手なんだ！
字もいっぱい知ってるんだよね！」

その言葉は、バウマンさんの
冷たく固まっていた心に
そっと火を灯したのでした。

「私は……今でも、先生でいていいんだろうか。」

彼は胸の奥でそっとつぶやきました。

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◆ 6章　小さな灯りは広がっていく

少女はその日、家に帰ると母に話しました。

「橋の下の人たちって、
みんな悪い人でも、ずっとそこにいた人でもないんだよね？」

母は少女の頭を撫でながら言いました。

「もちろんよ。
誰だって、つらい出来事があれば
立っていられなくなることがあるの。
だからこそ、思いやりが大切なのよ。」

次の日、少女は小さな紙コップに
あたたかいスープを入れて持っていきました。

「これ、よかったら。」

バウマンさんは驚いた顔で受け取り、
そしてゆっくりと、ふぅっと息をつきました。

スープの湯気は、
悲しみに覆われた心の氷を
ほんの少しだけ溶かすようでした。

その日から、
彼の胸には小さな灯りがともり続けました。
それは少女の優しさが育てた灯りです。

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◆ エピローグ

人はみんな、転びそうになることがあります。
悲しみの風が吹いたり、
人生の道が急に暗くなったりします。

でも、誰かがほんの少しだけ手を差し伸べてくれれば、
小さな灯りがひとつ心に灯れば、
また歩き出せるのです。

バウマンさんの心に灯ったその光は、
今日もゆらゆらと、
橋の下の風に揺れながら、
確かに存在していました。

おしまい。