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日曜日の朝は凪ちゃんの朝雑談で曜日感覚を整えている
持病で離職中だから曜日感覚狂うんよな~
3Dライブ終わったしゆっくり休むって言ってたけど来週割といつも通りな配信スケジュールでありがたいんだが、もっとゆっくり休んでいいんだよ……健康でいてくれ……美味しいものいっぱい食べて……
そして今日のにじさんじ麻雀杯予選がんばれー!!!!
奏斗もいる!!!!2人とも決勝行けますように!!!!💛💙
#VOLTACTION #四季凪アキラ
にじさんじの星にじさんじの星
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Wayla(わいら)

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メタ視点というものについて考えています。世阿弥の離見の見は場の内側にいながらもその自己を解体し、メタの視点と共に内側にあるという技だと考えています。離見の見が何かを正確に詳述し、ここにおけるメタ視点のあり方と自己のあり方及び自他境界の融解について述べてください。

以下、**離見の見を正確に定義 → メタ視点の構造 → 自己の在り方 → 自他境界の融解**という順で、やや精密に展開してみます。

---

## 1. 離見の見とは何か(定義の精密化)

世阿弥が『花鏡』『風姿花伝』などで語る**離見の見(りけんのけん)**とは、単なる「客観視」ではありません。

> **演じている自己が、同時に観客の視線の位置から自己を“見ている”状態**

ここで重要なのは

* 見る主体が「舞台の外」に移動していない
* 見られる対象としての自己を、内部に保ったまま成立している

という点です。

したがって離見の見は

* 一人称視点(演じている身体)
* 三人称視点(観客の目)
の**同時成立**であり、しかもそれが**反省的意識(考える)ではなく、技として身体化されている**。

世阿弥自身が強調するように、これは

> 「心にて見る」
> ことであって、分析や判断ではありません。

---

## 2. メタ視点の構造:外在化ではなく「折り返し」

通常、メタ視点というと

* 自己 → 一段上に出る → 俯瞰する

という**階層モデル**で理解されがちです。
しかし離見の見はこれと決定的に異なります。

### 離見の見のメタ性は「外部に逃げない」

離見の見におけるメタ視点は、

> 自己を外から見る
> ではなく
> **自己が、自己の中で折り返される**

構造です。

図式的に言えば:

```
観客の視線

(想像された他者の視線)

演者の身体・動作
```

この「観客の視線」は**実際に外から見ているわけではなく**、
演者の内部に「他者の視線として内在化」されています。

したがってメタ視点とは

* 高次の主体
* 分析的な自我

ではなく、

> **場の全体性が自己の身体を通して自己を見る機構**

と言えます。

---

## 3. 自己のあり方:自己の解体と再編成

離見の見が成立するためには、通常の「自己」は邪魔になります。

### 3-1. 破壊される自己

破壊されるのは次のような自己です:

* 「うまくやっている自分」
* 「評価されたい自分」
* 「感情を表現している主体としての自分」
* 「内面を持つ私」

世阿弥が執拗に戒める「我見(がけん)」がこれです。

### 3-2. 生成される自己

代わりに立ち上がるのは、

> **場の要求を通過させるための空洞としての自己**

自己は

* 表現の起点ではなく
* 表現の**通路**になります。

このとき自己は

* 消えているのではない
* しかし主張もしていない

という、非常に微妙な位置にあります。

---

## 4. 自他境界の融解:溶けるのではなく「不成立化」

ここで重要なのは、「自他境界が溶ける」という言い方を**少し修正する必要**がある点です。

### 4-1. 境界は溶けるのではなく、成立しない

離見の見においては、

* 自分
* 観客
* 役
* 場

が混ざり合って一体化する、というよりも、

> **それらを分ける必要が消失する**

状態になります。

つまり、

* 自分は誰か
* 誰が見ているのか

という問い自体が意味を失う。

### 4-2. 観客もまた演者の内部に含まれる

観客は

* 対象としての「外部」ではなく
* 構成要素としての「内部」

になります。

この意味で離見の見は、

> **他者を完全に内在化した自己**

ではなく、

> **自己という単位そのものが解体された場の構造**

と言えます。

---

## 5. メタ視点の再定義:離見の見的メタ性

以上を踏まえて、ここでいうメタ視点を再定義すると:

> **自己を対象化する主体が存在しないまま、
> 自己が場の全体から見られている状態**

これは

* 反省でもなく
* 内省でもなく
* 自己観察でもない

にもかかわらず、きわめて高度に「見えている」。

この点で、離見の見は

* 禅の無心
* 道家の無為
* 近代哲学的なメタ認知

のいずれとも重なりつつ、いずれとも異なる、
**日本的な「技としてのメタ」**だと言えるでしょう。

---

## 6. まとめ(要点圧縮)

* 離見の見とは
**内側に留まりながら、外部の視線を内部化する技**
* メタ視点は
**自己の外部に立つことではなく、自己の折り返し構造**
* 自己は
**主体から通路へと変形する**
* 自他境界は
**融解するのではなく、問題にならなくなる**
* 結果として生じるのは
**「誰が見ているか」を問えないほど透明な場の自己反省**

もし次に進むなら、
この構造を **禅の照顧脚下** や **メルロ=ポンティの身体図式**、
あるいは **現代のメタ認知理論との決定的な差異** と比較すると、
さらに輪郭がはっきりします。
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