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いすか
あしからず。
今日は父親が亡くなって丸3年。
なんかあっという間やったなぁ。
今年も亡くなった時に呑んでたいつもの行きつけのバーへ。
丸3年経って思うのは後悔ばかり。
お互いに酒飲みなのに一緒に飲んだことは3回しか無かったこと。
感謝も伝えられなかったこと。亡くなる時に会えなかったこと。父親に誇れるような人生を送ってないこと。
今年37になり、思い出す。
改めて父親の偉大さ、俺を含めた家族のためにどんだけ頑張ってたか。
そしてそんな筋骨隆々だった父親の身体がものすごく軽かったこと。
今日くらいはウジウジしてもいいだろうか。
また明日から仕事も人生も頑張るから。
今日くらいは飲んでもいいかな。

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じゃむ


よる

𝓞𝓽𝓸🌙*.。
「なんか可愛くなった!恋してるでしょ!」って当てられたのおもろいし、さすがすぎる
おなかすいた
知ってるよだからなんなんだよ

ををん

豆打餅/ズンダモチ
弟は漫画何冊でもOK、何読んでもOK、物語も読まなくてOK。
私は中学3年で月のお小遣いが500円だった。
弟は同じ時期忘れたけれど4桁は確実だった。
私は門限オール17時、夏場だけ偶に18時だった。
弟は中学まで門限ありで以降は報告すればいつ帰宅でも良かった。
私は遊びに行くのに「何時から何時までか」「何処集合で何処に行って何処解散か」「誰と居るか、(母親の嫌いな子じゃないか)」「何をするか」を報告して受理されなければ外出できなかった。受理されぬ儘脱走した時カラオケの部屋まで逃げたら部屋番伝えてないのに入ってきた。
弟は「晩御飯居るか」さえ報告すれば何していても怒られなかった。
私は友達を紹介すると解散後に「あの子は良い子、悪い子」と言われた。
弟は友達を見せようが「若いと元気ね」で終わってた。
私は「勉強したくないなら高校行くな」と言われて了承してフリータースタートの人生計画を立てていたら学年主任、私、父親、母親の四者面談が開催された。結果工業高校に落ち着いたが願書を出すギリギリまで母親に「その学科で本当にいいのか、こっちの学科の方が安心だ」と言われ続けた。
弟は「ぺぇたんと同じ高校なら良いんじゃない」とあっさり決まった。
私なんか育てずに弟だけを生かせばよかったのに。
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さむ

みーち

さーこ
↑
こら
#MILK #曽野舜太
#しゅんたとよるブラ

シュウ
イナズマイレブンの方は豪炎寺とかじゃなくてデザームのドリルスマッシャーな

ある

すとれ

横浜港
突如エスコンでセーブシチュエーションで出てきた時にはビビったけどようやってくれたわね

すしむ

ぱんこ
自分の気持ちも制御できない人たちのせいで推したちの首絞めることになるのが一番良くないってわからんのかな。
あらゆる業界の社会人たちも、オタクとしても日々楽しんでるんだよ。そういうの全て繋がってること忘れんでな

あつき
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