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勇者(フィリピン)
葬儀とは、死者のための“供養”であると同時に、
生者が「無常」を受け入れ、「生」を見つめ直す修行の場。
「供養」という言葉は、サンスクリット語の “プージャー(pūjā)” に由来します。
もともとの意味は――
「尊敬・感謝・敬意をもって捧げる行い」
つまり、
供養とは、故人(あるいは仏・祖先)への感謝と敬意の実践。
ブッダの教えでは、「死者を救う儀式」というよりも、
生きている私たちの心を整え、正しく生きるための行いとされています。
供養の本質は、
「故人を思う心を通して、“生きる私たち自身”が学び、成長すること。」
人は生きている限り、生もあり老いがあって病があり死があります。
「すべての苦しみは“執着”から生まれる。」
たとえば、
• 「こうありたい」という欲
• 「失いたくない」という執着
• 「嫌いだ」「許せない」という心の反発
これらが私たちの心を縛り、苦しみを生みます。
つまり、生きる苦しみは“外の世界”ではなく、“自分の心”がつくるもの。
生きること=苦をどう受け止め、どう超えていくかという探求そのもの
「生きる」という行為は、
単に時間を過ごすことではなく、
気づき・目覚め・慈悲の実践
コメント
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キドラ

T-TWO@ま
自動回復使い切ろうとすると時間が恐ろしく奪われるからお仕事優先ダナ

『ぃぶ
母方の家系:一芸とかはないけどだけどみんな基本健康で身体強い
ぃぶ→ぽんこつで病気しやすい
『え?なんで?w』

りーし
何でもではない 警察なのでね

こはく

⚾はる
だから今こうして涙が出てくるんだろな
果たして私と同じ現状の人が今何人いるのか、、

桧室

sachi @社

紫瀬

いつで
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遼
まっきーさんは、いつもそうやってご自分のお仕事に真摯に向かいあってますよね。 本当に素晴らしい事だと思います✨ 見習いたいです☺️