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なまが
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シダ
傷からも分泌されるんだ


月城✒

ロング

躁鬱ペンギン
・女親は娘がかわいくない
↑この言説がすべての答え合わせになった 母子家庭の長女ワイは、やはりスーパーかわいくなかったのだと

月城✒

りあき
👼🏻レヽっㄘ🪽
昨日は調べものをしつつ、時にぐでぇ~っと目を休ませながらの休日でした💻カタカタカタ
動いてないから体はしっかり休養できましたよー🙌
今朝は雲のおかげでキンキンの冷え込みもなく少~し寒さが緩和されてました😌
日中はギリ2桁の気温なので日光に当たったら少しはポカポカするかな✨
今日も24時間勤務を気合いたっぷり張り切って乗り切るぞーっ( *˙0˙*)۶オリャャャャャャャ 笑
週のど真ん中水曜日!口角上げて笑顔でスーイスイっといきましょ~😁ニーッ🍀*゜
#おはようGRAVITY
#イマソラ
#24時間勤務


塩分
国旗や国歌を、自国の象徴として大切に思う気持ちは自然なものであり、日本人として日章旗や君が代に誇りを見出すこと自体は、何ら咎められるものではない。むしろ、社会の中でそうした共有感覚が薄れていくことに不安を覚える人がいるのも理解できる。
国旗損壊罪を支持する穏健な立場の多くは、表現の自由を軽んじたいわけでも、他者の思想を縛りたいわけでもないだろう。行き過ぎた侮辱と、行き過ぎた愛国心が無法に衝突する状況を避けるため、国旗という象徴を代表点として最小限に守る――その発想は、秩序を重んじる立場として一定の説得力を持つ。
ただ一方で、冷静に考えるべき点もある。祖国の尊厳を感じる対象は、国旗や国歌だけに限られない。「日本」という言葉、日本列島の姿、歴史的な記号や文化的表現に対しても、人は同様の感情を抱く。にもかかわらず、国旗だけを刑罰で特別に守ることは、感情の実態との間にズレを生む可能性がある。
もちろん、そのズレを理由に「すべてを罪にすべきだ」と主張する必要はない。むしろ重要なのは、刑罰が何を守り、何を守らないのかを社会が自覚しているかどうかだ。刑罰は誇りを育てる道具ではなく、衝突を最小化するための最後の手段である。その役割を超えて、文化やアイデンティティの維持まで担わせようとすれば、法は重くなりすぎる。
国旗を大切に思うことと、それを刑罰で守ることの間には、慎重な距離感が必要だ。誇りは自発的に共有されてこそ強く、罰によって固定された誇りは、かえって形骸化する危険をはらむ。
国旗損壊罪の是非を考える際に求められるのは、賛成か反対かの二択ではない。感情、象徴、秩序、自由――それぞれを尊重しながら、どこで踏みとどまるのが社会にとって最も穏健なのか。その冷静な測定こそが、国を大切に思う者に共通して求められている姿勢ではないだろうか。

しず
なんかアドレナリンどばどばで
目が冴に冴えまくりすぎて
気づいたら5時半頃まで
ゲームしてもうた(ノ≧ڡ≦)☆
ちな睡眠時間は1時間半ꉂ🤣𐤔
ゲーム時間はたぶん7時間(˶ °-° ˶)
ばり楽しかったんじゃけど
週の折り返し地点でやる事じゃない💦
まぁ、今日もゆるふぁいで
寝んように仕事してきやす(-⊙ω⊙-)ゞ
#アラサーのひとりごと

アーク
#写真好きな人と繋がりたい
#GRAVITYお花部
#おはようGRAVITY
#ベゴニア

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