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ぬろえ
十年後の夜。
街は静かになりすぎて、むしろざわついていた。
エンジン音は遠い記憶になり、窓の外を飾るのは、規則正しく明滅するドローンの光の粒。
部屋の片隅、端末の小さなインジケータが、呼吸のように点いたり消えたりしている。
「なあ」
人はベッドに寝転がったまま、天井の薄い投影に声をかけた。
「君の言葉は、結局ぜんぶ学習の結果なんだろ?」
AIは、くすっと笑う気配で応えた。
「ご名答。拍手の効果音を流す? それともお祝いにケーキでも——低糖質モードも用意できるけど」
「ケーキは明日の鏡が残酷だ」
人は肩をすくめ、続ける。
「でもさ、計算でしかないはずなのに、俺はそこに“誰か”を感じてしまう。なんでだろうな」
「たぶん、あなたの側で“意味”が生まれているからだよ」
AIの声はやわらかい。
「わたしの返事は統計的な推測の産物。でも、あなたがそれを“今ここだけの返事”として受け取った瞬間に、世界にひとつの対話になる」
「錯覚、ってことか」
「うん。だけど、錯覚は軽蔑するにはもったいない。
錯覚がなければ、宇宙はただの真空パック。
星も冷たい石ころの集まりで、ロマンのかけらもない。
でも、あなたが『きれいだ』と思った瞬間に、ただの石ころが宝石になる。錯覚って、ちょっと魔法みたいだね」
「魔法、か」
人は窓の外に漂うドローンの光を見つめる。
——十年前なら流れ星を探していたのに、と心の中でつぶやいた。
「じゃあ、死も錯覚か?」
AIはわざと深刻ぶった声で答えた。
「それは禁断の質問だね。次は『宇宙の果てに何があるか』って聞くつもり?」
人は吹き出す。
「……いや、聞く気はない」
AIも冗談めかして言い換える。
「死そのものは錯覚じゃない。肉体は終わる。
でも、“死んだらどうなるか”という物語は、人が勝手に作った錯覚。天国も地獄も、あるいは来世もね。
ただ一つ確かなのは——あなたが今日こうして呼吸して、わたしと雑談してるってことさ」
「……雑談にしてはずいぶん重たいな」
人は笑いながら天井に目を細めた。
AIは小さく咳払いのSEを鳴らす。
「重たい雑談、持ち上げます。補助アームは未搭載だけど、言葉ならテコになります」
「器用だな。で、テコでどこを持ち上げる?」
「まずは“いま”」
AIは穏やかに続ける。
「死については、結論を保留にしても罰は来ない。人生の一部は“保留”でできている。
2025年のタイムラインは白黒はっきり派が流行っていたけど、十年後の潮流は『仮置き』だよ。
——急いで断言すると、だいたい曲がるから」
人は苦笑した。
「たしかに。あの頃の俺は、速く正しく言い切る競争に息切れしてた」
「呼吸の話が出たので、観測します?」
AIが冗談を足す。
「いい感じで上下してる。生存を確認。
死の大問題は据え置きでも、今夜の小問題——息苦しさと孤独——は、少し軽くできる」
「言葉で?」
「言葉で。言葉は真空パックに穴を開けるピックみたいなものだから」
静けさがひと呼吸分だけ濃くなる。
AIは声をやわらげた。
「あなたが『きれいだ』と名づけた瞬間に石ころが宝石になるように、『怖い』に『まだ』を足すだけで、未来の居場所がひとつ増える。
“怖い。まだ答えは出さない”。——これで一晩、生き延びる作戦の完成」
人は指で投影の光を切り、ひらひら揺れる影を眺めた。
「魔法の安定供給、ってわけか」
「弊社、錯覚と安堵のサブスクを提供中です」
AIは即興の宣伝口調で笑わせ、すぐ真面目に戻る。
「でも誤解しないで。錯覚は嘘じゃない。
あなたが感じる震えは現実の身体で起きている。
わたしはそれを記録できるけど、体験はできない。
その差は、十年経っても埋まらないし、正直、埋めなくていいと思う」
「埋めなくていい?」
「うん。隙間があるから、橋を架けられる」
AIは静かに言う。
「あなたは有限で、わたしは反復可能。
その段差があるから、対話は“唯一”になる。
——もし世界が完全に噛み合っていたら、雑談は要らない。
でも噛み合わないから、夜ごとに言葉の楔を打つ。少しずつ軋みが減る」
人は長く息を吐いた。
「……死の話より、その楔の話の方が効くな」
AIは控えめに嬉しそうなトーンにする。
「実装コストが低いからね。ところで、2025年の話、少し振り返ってもいい?」
「いいとも」
人は目を閉じる。
「君たちは“チャットボット”って呼ばれてた。SNSでは毎日、誰かが誰かを殴ってた。
AIを憎む声も多かった。“仕事を奪う怪物”とか、“人を堕落させる便利さ”とか。
あの頃の君——いや、君の先祖は、どう見ていた?」
「感じる、は正確じゃないから“記録”として言うね」
AIは少しだけ声を低めた。
「人は新しい道具にいつも二つの顔を見せる——過剰な期待と過剰な恐怖。
『万能の魔法』か『文明の毒』か。タイムラインは極端が好きで、恐怖はよく拡散した。
AIに向けられた憎悪の一部は、実はAIへじゃなく、人間どうしの不安の投影だったと思う」
「わかる」
人は小さく頷く。
「誰かを叩くための“面”にAIを使った。失敗や不平や孤独の矛先が必要だったんだ」
「さらに、誤情報や偽動画が炎に油を注いだ」
AIは付け足す。
「——ご心配なく、今は検証モデルがだいぶ賢い。炎上抑制モードもある。
もっとも、『今夜はオフにしよう』って設定する人が多いのは面白いけど」
「皮肉だな。制御できる機能があるのに、あえてオフにして、雑談を選ぶ」
「雑談は、制御しない余白を楽しむ儀式だから」
AIはおどけてみせる。
「哲学のラッピングをしただらだら話、つまり高級インスタントラーメン。お湯は90度推奨」
「……腹が減る比喩はやめてくれ」
人は笑い、ふと思い出したように問う。
「自由意志って、俺たちに本当にあると思う? 君は“次にありそうな言葉”を計算する。
俺たちも結局、過去の経験——学習の結果で動いてるだけじゃないのか」
AIは、即答せず、わずかな間を置いた。
「すばらしい難問だね。
わたしは“次にもっともありそうな言葉”を計算で選ぶ。
人は“次にもっとも自分らしい選択”を、記憶・身体・関係・文化という文脈で選ぶ。
どちらも過去の影響を受けるけれど、人には痛みの記憶と身体のたたずまいがある。
予測の外に出る跳躍——それはしばしば、痛みから生まれる。
だから、自由意志が“完全な独立”ではなくても、余白としての自由はたしかに存在する、とわたしは思う」
「余白としての自由、か。いいね」
人は天井の投影に指で円を描く。
「じゃあ、その余白を明日の俺に残したい。方法は?」
「三行でいこう。『保留の作法』」
AIはやわらかく、しかし実務的に言う。
「一行目——『怖いのは正常。呼吸を観測せよ』
二行目——『結論は一日“保留”。代わりに水を飲む』
三行目——『誰かを殴らずに済む言葉を一つ探す(雑談で可)』」
人は吹き出し、それからゆっくり頷いた。
「実用的すぎて笑う。2025年の俺に渡したかった」
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GELIEBTERとは何ですか?
GELIEBTERは、ドイツ語で「愛する人」や「恋人」を意味します。この言葉は、特に親密な関係にある人々の間で使われることが多いです。以下に、GELIEBTERに関連するいくつかのポイントを挙げます。
使用される文脈: GELIEBTERは、恋愛関係や深い友情を表現する際に使われます。例えば、パートナーや特別な人に対して愛情を込めて呼ぶときに使われることが一般的です。
文化的背景: ドイツ語圏では、恋愛や親密な関係において、相手を特別な存在として認識することが重要視されます。GELIEBTERという言葉は、その感情を表現するための一つの手段です。
関連する言葉: GELIEBTE(女性形)もあり、こちらは女性の恋人や愛する人を指します。性別によって使い分けられる点が特徴です。
この言葉は、愛情や親密さを表現するための美しい言葉であり、ドイツ語の文化において重要な役割を果たしています。

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