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兵六堂

兵六堂

視野に触れることはできない。
精々、視野空間内で自らの手と湯呑みが接触したのを目撃することが出来る程度だ。
視野空間は触覚感覚とは全く異なった空間なのである。
実際触覚空間内で、遠くのものが縮み、近くのものが膨張することなどはないし、逆に視野空間内で風を身体で感じることもない。
以前知覚正面が人間には見えていないと言ったのは、両者の差異が分からずに、アプリオリな形式として触覚空間を設定し、その延長に視野空間があるという世界イメージを作ってしまっているということを指摘していたのである。
視野空間の本質が分からない人間の世界イメージは、カンブリア爆発以前の生物と大差がない。
要は、触覚空間は眼球を持たない生物の還世界の領域であり、それは物質だけの世界である(正に現代人である)。
その世界では、世界に自分以外に何かがいるという事も分からず、ただ空間と一体となって、また空間的に漂いながら、たまたま口に栄養価の高い何かが流れ込んできた時に、幸せな気持ちになるとかそう言ったものである(断っておくが、こういった原生生物が卑しいとか下等であるということをいいたいのではない)。
人間はその領域を少し進めて、物体としての他人があり、また自ら進んで食べにいけるというだけである(まぁ、実際はあらかじめ環境的に用意されたものを受動的に消費するに過ぎないのである。見えるのにまるで見えないかのように、能動性を持つことができずにいる)。
じゃあ、自分で狩に出かければ良いかといえば、それは少しはマシであるが、より高次にある本能、食欲や死の恐怖に追い立てられた結果の域を脱してはいない。
それでは問題解決の方法が分からないとなるのであるが、そこで視野空間をもっと吟味してみようという提案をしたいのである。
視野空間については、既に現象学や東洋哲学によって探究をされているし、マッハやマグリット、熊楠も取り扱ってきたものである。
結局また大森哲学の話になり、知覚正面は心であるという話であるが、そのように整理するととてもスッキリする。
つまり、触れるものは物質で、見えるものは心であるということである(補足すると、物理数学のような見ることも触ることもできない領域のものは、物質領域の延長にあるものの、よりふくよかな空間であると考えるべきである。言語空間についてはここでは語らない)。
しかしそうすると、見えという心が、手で持った途端に物になるという奇妙な話になるが、実際にそうなっているのだから仕方がない(実際は視覚と触覚が同時に働いているので、そのようにはならない。ただし、人間の世界イメージのために触れるものは物質に変化してしまう)。
結局その両者の反復は同じものの別の姿なのであるが、人間の還世界に於いては、それらの反復が正常に機能せず、偏ったゲシュタルトとして知覚されてしまうのである。
要は、物と心の分離に問題があるという話であるが、その認識を阻害する要因として、視野空間と触覚空間の区別が出来ないことと、それを感じている立場を発見できないことによっている。
これはカルデジアン劇場ではない。
カルデジアン劇場は、永遠に後退することを余儀なくされるが、物と心が一体化した、初めから分離せぬ形式で存在しているのであれば、そこには、ふくよかで抽象的な文脈が付属するだけである。
心が物側にあるのであれば、主体を物側に反転すれば良い。
そうすれば、対象としての物は消え、私としての物とも心とも言えるようなモノが立ち現れるのである。
このことは、日本語に主語が無いという事実とも深い因縁があるのである。
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