GR、「ゼロに近い極々僅かな可能性しかないけれど、それはゼロではない」という話の運び方は(せぶんすの頃含めて)よくするけど、「今の自分達はこう考えているが、実はこういう可能性もあるのではないか」という風に考え方を広げる方面での可能性の話ってあんまりしなくない?