理解のうちにあるだけの場合、たしかに人間にともなってはいますが、人間のうちにはありません。人の記憶にだけとどまっているか、記憶のなかの知識にすぎません。他の人たちといっしょに、あれこれ考えることはできますが、それも自分のうちにあるのでなく、自分のそとにあるものとして、そうします。