ただし本当の善を知らない幼少期の子供には、それが善であると言わざるをえません。無知のために許されることであり、善に見えるのも、心が純真無垢だからです。人が教育を受け、善悪を知るようになれば、話は別です。「ケダラオメル」とは、教育以前の子供にある善と真理を指しています。