失敗を無秩序な「多様性」なるポンコツ概念によって無理クリ解消するような人間とは関わってはいけない。それは「あなたに手を差し伸べることはしない」と言っているのと同義だから。厳として失敗は存在するし、人間は失敗するもの。失敗しない者は、それは失敗の定義からして神と同じ。失敗を失敗として受け止めることをしない人間は「私は神である」と主張しているのと同じだし、失敗を失敗として受け止めることを阻害する人間は「あなたは神である」と言っているのと同じ。
人間同士失敗を許しあい、困っているものには手を差し伸べなければならない。
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失敗を無秩序な「多様性」なるポンコツ概念によって無理クリ解消するような人間とは関わってはいけない。それは「あなたに手を差し伸べることはしない」と言っているのと同義だから。厳として失敗は存在するし、人間は失敗するもの。失敗しない者は、それは失敗の定義からして神と同じ。失敗を失敗として受け止めることをしない人間は「私は神である」と主張しているのと同じだし、失敗を失敗として受け止めることを阻害する人間は「あなたは神である」と言っているのと同じ。
美乃家 投稿者
「、それは」はいらんね。
美乃家 投稿者
まさに「失敗する」ということにおいて人間は人間たりうるということだね。
美乃家 投稿者
全てを肯定するのは理性ではない。これだ!
美乃家 投稿者
失敗に顧慮すべき複雑なコンテクストなど存在しない。それは失敗の後の「許し許される」という次元で初めて取り沙汰されるべきもので、失敗であるかそうでないかは一意的に決まる。