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もか
自分を守れるのは結局自分しかいなくて、なのに周りばかり心配し過ぎてて重たい荷物を余計背負い込んで引き摺りながら歩いてきて思ったのは
やっぱり「愛されたい」だけど、「かわいい」「すき」って言われるのがお世辞でも反吐が出る程嫌で嫌で仕方がなくて(自分が嫌いだから)
だから愛されるより愛したくて、でも愛し方が分からなくて尽くし過ぎてすぐ破局して自分ばっかり割りを食って、もっと無意識に上から目線になる人みたいに傍若無人に振る舞えたらなって思うことは多々ある。
ある時はサポート役、ある時は太宰治の様にピエロを演じて関係を取り持ったりキリがねぇ・・・
でも、この馬鹿正直で仁義や義理人情に熱いのが私なんだ。
だから守れるものはとことん守るし愛してしまうぜ!私は弱虫だけど自分の信念だけは絶対に曲げないで生きてきたから!
どんなに馬鹿にされてきたって他人が完全に自分自身を理解し推し量れることなんて100パー無理ゲーなんだから気楽にいこうや
自分に余裕があれば守ればいいし、余裕がないなら相談する人を沢山増やして依存先を増やすこと!それには自己開示が必要だからそれなりに覚悟は必要だけど、腹割って話せる相手程良き理解者だからね!自分だけで処理しようとする人程抱えてポシャるんだからみんな無理はしないでね。
幸せになりたいなら自分をさらけ出しつつ人を頼れ!時には利用して感謝や恩は後々返せば一生かけがえのない日々になっていく、ただそれだけさ
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リョウリモデキルンダゼとは何?
リョウリモデキルンダゼは、主に日本のアニメやマンガの中で使われるフレーズで、特に料理や食事に関するシーンで見られます。この言葉は「料理ができるんだぜ」という意味で、誰かが料理の腕前を自慢したり、特技を披露する際に使われることが多いです。
使用される場面
キャラクターの自信表現: 料理が得意なキャラクターが他のキャラクターに自分のスキルをアピールする時。
コミカルなシーン: 料理をすることが苦手なキャラクターが、意外にも上手に料理を作った時の驚きや喜びを表現するために使われることもあります。
文化的背景
このフレーズは、料理が家庭や友人との交流において重要な役割を果たす日本の文化を反映しています。料理を通じて人々がつながる様子が描かれることが多く、特にアニメやマンガではその要素が強調されることがあります。
このように、リョウリモデキルンダゼは、料理の楽しさや自信を表現するための楽しいフレーズとして、さまざまな場面で使われています。

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