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ヒロ🦻【えんの木】
・いのち中心・いのちが主語
・いのちは目的語(教材)ではなく「いのちが教える」。
2.いのちは教えられるのか
学校の「いのち“の”授業」
・児童や生徒たちに、いのちについて考えさせる。具体的なプログラムが組み立てられている。
・前提として「いのちは教えられる」という感覚がある。これは無自覚でありプログラムを組み立てる側は意識できない。
【批判】
・いのちは「教えられる」と言うためには、いのちのことがよくわかり、しっていなければならない。しかし、いのちには形はないし指し示すことはできない。物質でもなければ目に見えない何かであり、対象かして捉えることはできない
↓
「いのち=教育」…いのちが教える主体である → ”の“を抜いて「いのち教育」
3.死の変遷
・高度な医療技術の進歩による延命治療
・都市化と核家族の進行
・葬送儀礼の個別化
・効率化や生産性の重視などの価値観変化
により、人々は死や老いと日常生活は遠ざけられた。「死のタブー化」
さらに伝統宗教の影響力の弱体化とともに「死生観の空洞化」
4.いのち教育のはじまり
・人類出現、つまり「死」の認識が発生した時期。
・大切な仲間や親族や家族の死に直面した遺族に対して、死を追悼する気持ち、弔う行為が自発的に発生する(祈り・経緯・死者の想いを引き継ぐ)
↓
死を通して、生の意味や自身の生き方を見直す
1960年代の北米で「デスエデュケーション」が始まる。死をオープンに話し合い死生観を再構築する。
【参考文献】
本田陽彦・瀬平劉アントン(2025)「いのち教育をめぐる解決なき問題解決」『いのち教育:ふれて,学んで,つながって』坂井祐円編著、晃洋書房、pp.27-43
【奢り一杯】
リリーさんの「いのちの話も深めたかったのに、話逸らしてすみません」

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回答数 5>>

くろあ
明らかにこれまでのFFと曲調が違って、ストーリー展開も相まって強烈に心を刺激された記憶がある[ほっとする]
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