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あきらめ
「綺麗」「かわいい」だけではなく。
人によってはこれから咲こうとしている花の生命力に感動したり、これが最後に見る花と悲観するかもしれない。
そう思いながら「自分」という存在を考えてみる。

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Nin
ローリエ(月桂樹) 地中海沿岸原産のクスノキ科の常緑樹。乾燥させた葉は清涼感のある香りが特徴のスパイス。フランス語。カレー、シチューの煮込み料理や肉・魚の臭み消しに広く利用される洋風料理の定番ハーブ。古代ギリシャと深く関わり、アポロンのシンボルとされ勝者や詩人を讃えるものとして枝葉を編んだ月桂冠が使われた。カレーが好きなのでローリエを積極的に使いたい。寒いけど片付けとか身の回りをきれいにしたい。





依ちゃん





ハル
今朝もルーティンの瞑想からスタート🧘♂️
大雪警報が解除されても、まだ雪が積もっていました。
今年は積もる年のようですね。
今日も本業のデスクワーク中心にボチボチと頑張ります😊


ミズ
おはようございます😊
今日も新しい一日を始められる事とグラビティのみんなに感謝です🙏
さて今日の一言は
「宗教が人類史上、なくならない理由」です。
「天国・地獄がある」ということと、
それから「地獄へ堕ちたら大変なことになる」ということは自体は、これは嘘でも何でもありません。
本当のことですので、
これは宗教的には護らなけらばいけない一線です。
もし地獄というものがないのであれば、
その救いも必要がないし、人には罪もないし、救済する必要もないということで、宗教的な行為というのはまったく、本当に必要がないことになります。
しかし、現実は、今言ったように、海で溺れているような状況の人がたくさんいらっしゃるわけです。
生きていたときに唯物論だったり 宗教を嘲笑っていた人たちが死んで、突如、自分が霊的存在となって、真っ暗なところとか阿鼻叫喚地獄、その他、炎のなかなど、いろいろな苦しい責め苦のなかにあったら、
「何とか助かりたい」ということ以外にないのだけれども、
知識がないものだから、どうやったら助かるか分からないのです。
そのために、教会であろうとお寺であろうと存在はしていて、教え、導きを生前にしておくことが必要だし、死後にあっても、供養とかを通して、やはり救いのための"ロープ"を投げてやることもしているわけです。
そういうことをやっているので、宗教というのは必要なものであり、人類史上、
宗教というのはなくなったことはないのです。
でも、教会やお寺の中にも唯物論的にやってる所もあるので、見極めは必要だと思います。
自分も正しい教えを学んで見極めていきたいと思います。
今日も仕事の人は無理せず頑張ろうね(*•̀ㅂ•́)و✧
休みの人はゆっくりと。
行ってきます(*`・ω・)ゞ👋

さち

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