投稿

なもた
あーあ、一人になりてー、
ん?いや待てよ、本当に一人になりたいのか?
これで子供達と楽しくして居た時期もほんのちょっとはあったのだ。
ふたりの思い出の地に毎年旅行にいって、子供らを同じ背景の前に立たせて定点撮影の様にカメラに収めた。最初はおチビひとり、それがふたりになり、三人になって、少しずつ大きくなって…
そんな写真が何枚かあったよなぁ…
俺は結婚に向いていなかった。そして選択を誤ってしまったらしい。こんな不幸は、至極ありふれた、つまらん話だ
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ゆかかべ

休み
どんな流れ?笑
子どものこと考えると笑い話ではないけどね。
でも、もうしょうがない。

ころり
→逆になんか不安になるってゆークソわがまま
ほ、ほんまか…?
ちょっとくらい酔っ払って本性見せてくれた方が早く打ち解けられへんか?隙のある所見たいな
って思うのはワガママなんでしょうか。永遠の謎
この謎を解明するために私はジャングルの奥地へと…はもう古いですかそうですか

はま
投稿主本人はその出来事を共有しただけだったが、多くの非難コメントがついていて、正直なところ違和感を覚えた。
私は、善意の言葉によって傷ついた経験があるので「励ましが刺さることがある」という感覚自体は理解できる。
流産がとても辛く、デリケートな出来事であることも分かっている。
ただ一方で、「その出来事を人に相談する」という行為について、少し立ち止まって考えてしまった。
正直に言えば、相談されたとしても
「何を言っても君を完全に癒してあげられる言葉なんてないだろう」
と思ってしまう。
相談を受けた側の言葉選びは浅はかだったかもしれない。
でも、察してほしい、完璧に寄り添ってほしい、という前提は現実的ではないとも思う。
人それぞれ、話を聞くスタンスも、言葉の選び方も違うのだから。
それにもかかわらず、投稿主はコメント欄で「性格が悪い」とまで言われていた。
私は浅はかさと性格の悪さは別物だと思う。
その後の投稿で、相談者との関係に線を引いた発言をしていたが、それも
「これ以上お互いを傷つけないための距離の取り方」だったのではないかと感じた。
むしろ、100件近く並んだコメントの方が浅はかに見えた。
多くは状況を考えるより先に、悪者を決めて断罪しているだけに見えたからだ。
誰かをラベリングして叩くことで、考えなくて済む。それは本当に優しさなんだろうか。
少なくとも私は、そうは思えなかった。

なつ

宇宙1不幸
躁状態かもしれないけど
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白石八

にこ
どうしても「その動きしたら後で痛い目を見るのは明らかなのに…」って状況だと世話を焼こうとしてしまって、それが良くない

おこめ

れおわ
挫折したテンプレートを眺めてる。

🦦衣江

ゆこ

イシモ
#石森璃花
#りかのとーく

ぼむ

フレッ

□マス
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