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インド人を右に②

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のしがもす

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筆が遅いので中々進みませんが、今年もよろしくお願いします!

⚪︎あきーえとかあびい落書き漫画「伊勢1335」パート6
【解説】
察しのいい顕家卿。
顕信と仲が良いということは、つまり…そう、「ひまわり1334」のあとのカービィの動向を瞬時に理解します。
今回は、嫉妬でしょうか?ヤキモチでしょうか?
仲良く顕家卿のほうに向き直る、顕信とカービィ。
顕家卿から発せられた言葉は、「かあびいだ」という太文字wwドスの効いた声ですww

⚪︎詳しい解説の前の用語やらの説明②
・内宮と外宮の対立
 両宮の位置関係からまず説明したいと思います。
内宮は五十鈴川のほとりの宇治の地。外宮は宮川のほとりの山田原の地。両宮には五キロメートルほどの隔たりがあります。だいぶ離れていますね。
 次に鎮座伝承についてです。
内宮の鎮座伝承については、『日本書紀』に詳しく書かれていますが、外宮については日本書紀には記載がなく、『古事記』に出てくるものも定説によると、平安以降の写本に書き加えられたものだとされています。え!?!
 日本書紀の内容は長いので割愛しますが、はっきりと天照大神が伊勢国に居らむと欲ふなどと書かれています。内宮の創祀とされていますが、まあ、この伝承を史実と受け止める研究者はごく少数でしょう。文学の域?
 古事記の天孫降臨の場面の豊受神(登由宇気神)では、外宮の度相(度会)に坐す神とあります。
 つまり、外宮では現在も天照大神への神饌を供える祭りが毎朝夕に執り行われているのに、記紀に鎮座伝承がはっきりとは書かれていないということになります。伝承がはっきりしないということは、内宮と外宮は対等ではなく、長らく内宮が上位立っていたわけですね。対等ならともかく、下位に見られ続ける…単純な争いほど根深くタチの悪いものはないと私は思います。
 それだけでしょうか?
 さらに見てみると、内宮の成立期は諸説ありますが、外宮は? 大体は内宮の五百年後とされていますね。注目したいのは、内宮が元々は宮川上流の多気郡に鎮座していたという記述です。「続日本紀」に「多気の大神宮を度会郡に遷す」とあります。ほほう。度会郡と多気郡はお隣です。加えて、元々伊勢の土豪である度会氏が元々神社で祀っていた地主神が、内宮の発展にともない神宮に組み込まれたという説があります。ほほほう。
 ここだけみると、度会氏の神社は発展した内宮に組み込まれ、内宮はさらに広くて良い場所にお引越ししたように聞こえてきますね。これは、ムカつくかもしれないw代々現地の地主神をいただいてきた度会氏にも誇りがあります。後からやってきた天照大神が幅を利かせ、自分たちの神は下位とされ、次第にそれは内宮の、荒木田氏への対抗心にとって代わる。
そのあたりの歴史背景にも目をつけていく外宮側。外宮側の地道な活動が始まります。

 この両宮の関係に変化が生じるのが鎌倉時代末期、この落書き漫画の40年ほど前からになります。親房が誕生した頃ですね。永仁四年(1296年)二月の皇字論争をきっかけに内宮と外宮の対立は表面化し、後の室町時代での争乱へと発展していきますが、伊勢神道がさらなる発展を遂げていくことにもなります。

⭐️カービィを探せ!は、2箇所(コマ含め4箇所)。
2ぽよとも見えにくいかもですw

#カービィ #逃げ若
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