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クロ

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ピアノ作品としての半音階的幻想曲(BWV903)には素晴らしい演奏が多いが、バロック特有の「時間の自由」や「装飾が生む重心」を感じられる演奏は、実際にはとても少ない気がする。

チェンバロ文化では、装飾やアゴーギクが音楽の中心として時間を形作るが、ピアノでは音量表現が中心になるため、自然と異なるアプローチになりやすいのだと思う。

ただ、自分としては、「インテンポ主体で所々にrit.やaccel.を添える」という枠では捉えきれない「時間そのものの美しさ」に惹かれてしまう。そこにこそ、バロック独特の魅力と深い美しさがあるように感じている。
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ピアノ作品としての半音階的幻想曲(BWV903)には素晴らしい演奏が多いが、バロック特有の「時間の自由」や「装飾が生む重心」を感じられる演奏は、実際にはとても少ない気がする。