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てつ

てつ

マジか…。
マンションの前の道、水が溢れてる。
水道管が破損して湧き出してるらしい…。
明日、断水は間違いないらしい…。
会社行ってる間に工事が終わるかは微妙。
えーーー😱
大阪の下町、老朽化進みまくりなんかな。

#おつかれGRAVITY
#ひとりごとのようなもの
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🎀 可哀想なカズト🎀

🎀 可哀想なカズト🎀

皆さん初詣に行きましたか?
大阪で初めての初詣行って来ました😊
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もり

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エスカレーターの右側は歩いちゃダメ みたいなのめっちゃ分かるし危ないから止まるべきとは思うけど、朝ラッシュ時の電車のホームのエスカレーターとか「明らかに右側を歩いてる人のお陰で溢れずに済んでるよね」ってところはどうしたらいいんだ… 二列で止まってたらホームから人捌ける前に次の電車着いちゃうよ…
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りいりい

りいりい

あけましておめでとうございます🎍

原爆ドームで初日の出見て、
昼から飲んでおります。
熱燗飲んだら金粉入ってて、びっくり。
これって入ってるもんなんですか?
良いお年をお迎えください🙆

#広島
#ひとりごとのようなもの
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不死鳥🐦‍🔥のまるこ

不死鳥🐦‍🔥のまるこ

あけおめサウナ初め🧖‍♂️
山形のラーメンは細ちぢれ麺でスープがよく絡まってうまいんだあ
サウナで水分無くなった体にあっさりスープが沁みたー✨
米沢ラーメン大盛り頼んだよ🍜
山形はラーメン消費量が日本一🇯🇵なんだよな❗️
まあとにかく今年もよろしく頼むぜ🙏
#ひとりごとのようなもの
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臼井優

臼井優

長宗我部元親の生涯における主な「誤算」は、天下情勢の読み違えと、後継者をめぐる悲劇に集約されます。
1. 織田信長との外交方針の転換
元親にとって最大の誤算の一つは、織田信長との関係悪化です。
「切り取り自由」の撤回: 当初、信長から四国の「手柄次第の切り取り」を認められていましたが、1581年頃に方針が転換されました。
領土限定の通告: 信長は土佐一国と阿波の南半分のみの領有しか認めず、元親がこれに反発したことで、信長による四国討伐軍の派遣が決定的となりました。本能寺の変により一時的に回避されましたが、中央政権との決定的な対立を生む要因となりました。
2. 豊臣秀吉の圧倒的な軍事力とスピード
秀吉との戦いにおいても、情勢判断に誤算がありました。
小牧・長久手の戦いでの連携: 徳川家康・織田信雄連合軍と結んで秀吉に対抗しようとしましたが、秀吉が早期に家康らと講和したことで梯子を外され、孤立しました。
四国征伐の規模: 1585年の秀吉による「四国攻め」では、10万を超える圧倒的な大軍を三方向から送り込まれ、四国を統一したばかりの元親は短期間で降伏に追い込まれました。
3. 戸次川(へつぎがわ)の戦いと嫡男・信親の戦死
元親の人生を大きく狂わせた最大の誤算は、1586年の九州征伐における嫡男・信親の戦死です。
無謀な渡河作戦: 監軍の仙石秀久による強引な策に従わざるを得ず、島津軍の「釣り野伏せ」に遭って敗北しました。
家督問題の混乱: 寵愛していた信親を失ったショックから、元親は性格が豹変したと言われています。強引に四男の盛親を後継者に据えたことで、一族内に深刻な対立(香宗我部親泰の死や吉良親実の粛清など)を招き、後の長宗我部家滅亡の遠因となりました。
これらの誤算は、個人の武勇で四国を平定した「土佐の出来人」といえども、急速に拡大する天下人の権力と、戦場での一瞬の判断ミスからは逃れられなかったことを物語っています。

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臼井優

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武田勝頼の最大の誤算
 「偉大すぎる先代(信玄)の遺産と負債」を読み違え、急速な中央集権化と領土拡大を急ぎすぎたことに集約されます。

主な誤算は以下の4点です。
「長篠の戦い」における織田軍の戦力軽視
信玄以来の「武田騎馬隊最強」の自負が、織田信長の近代的な兵力(鉄砲の組織運用や馬防柵)への対応を遅らせました。伝統的な突撃戦術が通用すると過信したことが、重臣たちの多くを失う決定打となりました。

外交戦略の失敗(御館の乱への介入)
上杉謙信の死後の家督争い「御館の乱」で、当初支援していた上杉景虎を見捨て、景勝側につきました。これにより北条氏政との同盟(甲相同盟)が破綻し、背後に強力な敵を抱えることになりました。

急進的な中央集権化による家臣離反
信玄時代の「合議制」から「独裁的権力」への移行を急ぎ、新城(新府城)の築城や増税を強行しました。これが木曾義昌などの有力国衆の造反を招き、織田軍の侵攻時に組織が内部崩壊する原因となりました。

織田・徳川の「経済力と動員力」の過小評価
武田氏の領国(甲斐・信濃)の生産力に対し、尾張・美濃を抑えた織田家の圧倒的な物資供給量と兵員補充スピードを読み違えました。局地的な勝利を収めても、消耗戦では勝てない構造を打破できませんでした。

勝頼は個人としては勇猛で有能な将でしたが、信玄が作り上げた「武田家というシステム」の寿命を見極められなかったことが最大の悲劇と言えます。
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