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たっくん
個人は全体に対する評価を下す存在であると同時に個々に対しても評価を下し、個は最早全体と区別がつかない程不特定多数の評価を受ける対象となり得る時代となった。
一億総評価社会、人々は個人主義を強め、かつてない程に極めたと思い込んでいるが、その実、個人という概念が形骸化していることに気づいているだろうか。
なんとなく生きづらいのは、前時代より衆目に晒されるリスクが高くなり、以前より全体に合わせることを強いられているからだ。
劣等意識が強まっているのは、所属するコミュニティー以外の人々と容易に自分を比べられるようになったからだ。
しかしこれらはあまり問題ではない。
最も危機的なのは、評価される=価値がある、評価されない=価値がない、という、他者の評価に極端に依存した価値観が、今や人々の意識のなかに大勢を占めている現状だ。
昔で言う、縁の下の力持ち、というような、「陰の美徳」が失われつつある現状を何よりも嘆くのである。
たとえば、仕事を真面目にこなすことは、それ自体が社会にとってもっとも基本的な価値であった筈だが、それ以上に注目される付加価値を価値の基準に置くことによって、人びとは日常生活に価値を見いだせなくなった。
評価されにく=外面に現れづらい、評価されやすい=外面に現れやすい、それは、内面より外見を重んじる外見至上主義という弊害を招いてもいる。
内面の美は評価されにくいので、誰にも分かりやすい皮相的な美を追求する。
近年の離婚率の急激な上昇は、それを象徴しているように思われる。
それは例えば成金が虚勢を張るために似合わないブランド物で身を固めるように、才能や財力、肌の艶や身長スタイルといった目に見えるもので内面の貧しさを誤魔化しているだけである。
仏教では、そういった他者の評価に依存せず、あくまでもなにが人の道、人の価値基準の根本かを見定め、それに従って生きるよう促す。
たとえば尊者ラーフラは、誰の目に付かずとも、常に戒律を守った行いを貫いたがゆえに、密行第一と称されたが、現代社会ではこういう人は日陰者として追いやられる定めにある。
かつての「陰徳文化」が再び興隆することを夢想する。
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これくらいでええねん、仕事のは

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さな 𓂃܀𓈒❀܀
来週も本当どうしよ
予定決めるのもぜーんぶわたし
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親族の葬儀
子供の手術
保育園の保護者会
子供の体調だってどうなるかわかんないし
私だってこれ以上仕事休めないのに
私1人でどうにかするの無理ゲーじゃない?
向こうの親には過保護だなんだって
じゃあ子供無理させて体調崩した結果
誰か面倒見てくれるんですかって話
おたくの息子さん仕事休んで
面倒みてくれる訳じゃないですよね?
あなた方普段遊びに行ったときでさえ
たいして面倒みてくれないのに
わざわざ看病しにきてくださるんですか?
マジで育児なめないでほしい
Kite
個人的に応援してる力士がいるのですが、
今回の初場所はかなり波乱万丈では………
相撲は長い歴史ある日本の国技であるはずが、
正当、平等である判定がされてないのが残念。
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